天使誕生
佑夏を連れて、外に出る。
屋外デッキに、椅子テーブル。
二人で腰掛け、僕は、飼料庫の方を指差して語る。いい雰囲気だね~。
「ちょうど、お盆を過ぎたあたりだね。まだ、全然、暑かった。
ここに座って、みんなでアイス食べてたんだ。
そしたら、お岩さんが、何か咥えて、向こうから歩いて来た。」
「ふふふ。生まれてすぐ?運命のご対面だね。」
姫は、飼料庫に視線を送る。横顔も美しいな。
「うん、本当に生まれたばかりで、まだ目も開いてなかったよ、楓は。
遠目にね、捕ったネズミを咥えてるのか、とみんな思ってね。あれ、なんだ?ってさ。
騒いでたら、自分の仔猫だったんだから、驚いたよ。」
今、ここで暮らしている猫達が、飼料庫の前で戯れているのが見える、彼らはネズミを捕ってくれる貴重な存在である。犬も一頭、いるけどね。
「お岩さんがさ、俺の目の前に、そっと楓を置いてね。
そのまま、歩き去ろうとしたんだ。
仔猫を見て、ビックリして追いかけたよ。“何やってんだ!?自分で面倒看ろよ!゛ってね、ハハハ。」
「そりゃ、どひゃー!ってなっちゃうよね!でも、楓ちゃんのお母さん、あの子を中原くんの前に置いたんだ?」
佑夏が、そう言うと同時に、背後に人の気配、それも一人じゃない。
「白沢さん、お岩さんはね、中原君に、すごく懐いてたのよ。」
「あ、桜井さん。そうだったんですか。中原さんは、優しいですからね~。」
オーナー夫妻も、他の乗馬会員も、今日、ここに来ている全員がいる。なんだ?ゾロゾロと?
「え~っと、白沢さんっていうのね?そうなのよ。
お岩さんは、お化けみたいな怖い顔をしてたから、私達みんな、気味悪がって、誰も近寄らなかった。
でも、中原君だけは違ったわ。お岩さんにも、他の猫達と同じように、優しく接してた。」
最年長、60代の女性会員の人に、そんなこと言われると、さすがに僕も、氣恥ずかしさに耐えられなくなる。
「止めてくださいよ。それに、皆さんだって、お岩さんを追い出そうとは、しなかったじゃないですか。」
しかし、桜井さんは、佑夏にさらに述べてしまう、余計なんだって!
「お岩さんはね、いつも中原くんの後を付いて歩いてたのよ。
身体が弱くて、仔猫が生まれても、育つことは無かったんだけど、楓だけは育ったわ。
楓にも兄弟の猫は四匹いた、でも、みんな歩き出すまで、持たなかったの。」
僕も佑夏に見たままを話す、少し残酷な自然の摂理だが。
「兄弟の猫達は、飼料庫の前に置き去りだったんだ。無理やり連れて来て、お岩さんに面倒看させたけど、ダメだったね。」
「そうなんだ。お母さん、楓ちゃんだけが育つって分かったのね......。」
姫は利き手を胸に当て、心を鎮めている。
「楓は歩き出すと、すぐに固形の餌をバリバリ食べ始めてさ。この子は育つと思ったな。」
脳裏に思い出される幼い楓の姿。
桜井さんが、その後を説明してくれる。
「お岩さんは、もう歳ですっかり弱ってて、寒くなるとフラフラして来たわ。もう長くないのは私達が見ても分かった。
私達は楓が、すごく氣になったの。
夏と秋に産まれた仔猫は、大抵は冬は越せないから。親がいなくなってしまったら、尚更ね。
あ、楓もね、中原君には、とっても懐いたのよ、他の人には身体を触らせもしなかったのに。」
そして、僕は、あの日のことを思い出す。
「俺は楓を家に連れ帰ることにしたんだよ。お岩さんが姿を消したのは、連れ帰って、すぐ後だった。」
佑夏は目を潤ませ、微笑んで、いつものように、優しい目。
「お母さん、楓ちゃんを見届けて、安心したんだね。きっと今でも、楓ちゃんと一緒にいるわ。
でも、お岩さん、人を見る目、あるよ!」
え?どういう意味だ?喜んでいいのか?
何はともあれ、ちょっと不思議な「天からの贈り物」。