お岩さん
「氣持ちいいな~!何だか、森も馬と一緒だといいね~!」
心地良さそうに目を細める馬上の姫に、自分の考えを述べたくなってしまう。
「俺、思うんだけどさ。山に行くにも、馬に乗ってれば遭難も減るし、馬は熊の気配が分かるから、熊にも出会いにくくなるし、もし、出会ってしまったとしても、人間の足で逃げるより、逃げ切れる確率も高いよ。」
「あ~、そうか。そうだよね。自然の中も、馬と一緒なら、楽しさも、安全も100倍かな?」
「うん、本当だよ。」
ふいに、佑夏は歌を口ずさみ始める。
「♪おうまは、みんな、ぱっかかはしる~!ぱっかかはしる~!」
いつ聞いても、とびきりの美声。この、光差す森の為にあると言っても、過言ではない。
「ねえ、中原くんも、一緒に歌って!」
「え?俺も?」
「一人じゃ寂しいな~!」
「分かったよ。参ったな。」
僕は、彼女には逆らえない。
いつしか、二人で声を合わせながら笑顔になり、柔らかな光が降り注ぐ落ち葉の森を抜け、僕達は、もと来た道を戻って行く。
今度は、馬上の姫が、ご質問される。
「中原くん、楓ちゃんのお母さん、写真しか見たことないけど、綺麗な猫よね~!美人さん!」
「え?ああ、そうだね。」
まただ.......。
「どうして、”お岩さん”なんて呼ばれてたの?四谷怪談の、あれでしょ?」
「そ、それは、楓と同じ、日本猫の標準通りの三毛猫で、和風情緒があるというか.......」
僕はしどろもどろになってしまう。
彼女の不細工好みは、ここでも、遺憾なく発揮されているのである。
楓の母猫は、この乗馬クラブに居着いていた。
あまりに不気味で醜い顔から、ここでは「お岩さん」と呼ばれていたことを、佑夏には話し、画像も見せた。
しかし、姫のリアクションは、
「すごい美人ね~!楓ちゃんにソックリ!美人親子なんだね~!」
って??誰が見ても美少女猫の楓とは、似ても似つかないんだけど?
どうして、あんな不細工な母親から、楓のような可愛い娘が産まれたのか、ここでは不思議がられていたものだ。
だが、単純に不細工が好き、と決めつけるのは、早計かもしれない。
お岩さんは、自分の子供ではない、他の仔猫の面倒も看る、優しい猫だった。
佑夏は、美しい心を見抜く天才なのか?本人に美しい心があってこそだと思うが。
「楓ちゃんには、お母さんの命もきっと、一緒なのよ。姿は見えなくても。」
「うん、そうかもしれないね。楓はすごい甘えん坊だから。」
ともかく、クラブに着いて、アリエルを繋ぎ、馬具を外し、ひとまず、姫の初の体験乗馬は終了となる。
「アリエルちゃん、ありがと~!すっごく、楽しかった!」
ご褒美の人参を、白馬に食べさせて、佑夏は笑顔でお礼を言っている。
ただでさえ、美女である彼女の美しさが、さらに大幅に増しているじゃないか、馬の力は偉大だ。
「佑夏ちゃん、こっちだよ。」
楓と、初めて出会った場所に、姫をお連れしよう。