天国への回廊
「佑夏ちゃん。今、アリエルには、ハミは付いてないから、安心してよ。」
「あ~、良かった~!ねえ、中原くん。ハミって、普通は絶対に付けなきゃならないの?」
「競技の時はね。規定馬具があるから、仕方ないんだ。
それでも、最近は、出来るだけ馬が痛みを感じない形状にしたり、プラスチックのハミにしたり、少しずつ、改善はされてるんだよ。」
こんな話をしている内に、すっかり葉の落ちた林間乗馬コースにたどり着く。
葉の無い木々の枝の間から、初冬の陽光が、まるで天国からの光の条のように、林床の落ち葉を暖かく照らし、新緑や紅葉の森とは、また違った美しさがあり、果たして姫も喜ぶ。
「中原くん。私ので撮って~!」
「うん、分かった。森をバックにしようか。」
彼女のスマホは、アリエルに乗り込む前に、既に受け取っている。
パシャリとやっての感想。
「佑夏ちゃん、俺のでも撮って、クラブの人に見せてもいい?」
「いいけど、どうして?」
「これ、最高だよ!もしかして、ここのHPに使わせてくれって言われたらどうする?」
「やだ!恥ずかしいな!アハハ!」
しかし、陽の差す明るい森をバックに、アリエルにまたがった佑夏のこの姿は現在、この乗馬クラブのHPのトップページに掲載されているのである。
それから、HPアクセスも乗馬体験希望者も大幅に増えたらしい。
そのくらい、最高のモデルだ、返す返すも、教師を目指しているのはもったいないと思う。
だが、今は、こう言わなくてはならない。
「佑夏ちゃん、アリエルの写真、ネットなんかにはあげないでね。プロモに出た○○坂48のファンが大勢、見に来るんだよ。」
「は~い。」
「○○坂48のコンサートが、△△ホール(県内最大のコンサート会場)であった時、他の県から来てる客も、みんなアリエルを見に来てさ、大変だったんだ。
でも、なんか、優しくていい人ばっかりだったな。」
「そーかー、アリエルちゃんは、素敵な人達に愛されてるんだね~。」
快活に笑う佑夏には、いわゆる「アイドルオタク」に対する嫌悪の情など、微塵も感じられない。
単純にアーティストと聴衆と捉えているようだ。
この子が、アラン流に「蔑み」を感情に載せないのは知ってはいたけどね。
「中原くん、目線が高くなると、遠くまで見渡せるよ~!何だか、他の世界に来たみたい!」
アリエルを先導で引きながら、僕は答える
「そうだろ?ポニーだけしかいなくて、外乗ばかりのクラブだと、初体験の人に最初から一人で乗らせて、全力疾走の駈足やらせたりもするんだ。
そうすると、ハミで、ガ~ン!と止めるしかない。」
「ええ~!?私、こんな風にゆっくり歩いて、景色見る方がいいよ♪ねぇ~、アリエルちゃん!」
姫は笑顔で、もう一度、視線を上げ、天馬と落ち葉の回廊を進んで行く。