天馬の背に
アリエルは、あるいは、本当に天から下りて来た馬なのかもしれない。
そのくらい、神秘的な白馬だ。
もう一匹、ここでは、天使と言ってもいい命が誕生している。
それが、僕の飼い猫である、三毛猫の楓。
しかし、佑夏に楓の生まれた場所を教えるのは、まず、乗馬が済んでから。
乗馬会員の車が、既に何台か停まっている駐車場に、軽ワゴンが停車し、僕達は降り立つ。
「それじゃ、中原くん。白沢さんのことはお願いね。」
え?
桜井さんは、そそくさと退散してしまう。
完全に、僕と佑夏を恋人同士だと勘違いしている!違うと言ったのに~!
しかし、まあ、氣を利かせてくれているのだろう。
「中原インストラクター!よろしくお願いしま~す!」
ニコニコ笑いながら、姫は、ペコリと頭を頭を下げる。
「佑夏ちゃん、ヘルメット被るから、髪の白い貝殻、外そうか?」
「は~い!分かりました~!胸につけてもいい?アリエルちゃんと一緒に写真撮りたいんだけど、見えるように、したいの。」
「うん。そうしなよ。」
いつもとは、位置を変えた貝殻の髪飾りも、上品で結婚式なんかのブーケを感じ
させる。
さて、簡単な手続きと、オーナーに挨拶した後、二人でアリエルの馬房に向かう。
「あら、中原君、彼女?」
すれ違う他の客が、異口同音に、みんな同じことを聞いてくるから、同じ答えを返さなくてはならない。
「違います。大学の研究レポートで来てる人です。」
「白沢で~す!よろしくお願いしま~す♫」
いつものように、佑夏は全員に、まるで数年来の知己のように、明るく挨拶する。
ちなみに、乗馬人口の七割は女性である。今日、来ている客も、男性は一人だけだ。
なぜ、男は競馬は好きなのに、馬には乗らないのか?僕はギャンブルとは無縁だが。
「キャ~!キレイ~!カワイイ~♡」
アリエルを見た、佑夏の第一声。
僕が中に入り、手綱を付け、白馬を繋ぎ場に移動させる。
姫は、既にヘルメット、プロテクターを装着し、準備万端である。
二人で鞍をつけ、いよいよだ。
「佑夏ちゃん、引いてみる?」
僕は佑夏に手綱を渡す。
「うん!やってみる!」
ニコニコ、手綱を受け取る佑夏。
「たてがみを撫でて、挨拶してあげて。」
「は~い!アリエルちゃん!よろしくね~♪」
姫は白馬に触れ、優しく微笑みかける。美女と白馬!似、似合う!!
この馬も心なしか、いつもより、機嫌が良さそうに見えるよ。
馬場に移動し、足場台から、佑夏は、天馬アリエルの背にまたがる。
「佑夏ちゃん、そこでまた、たてがみ、撫でてあげて。馬が安心するから。」
「は~い!」
再び、姫に撫でられた白馬は目線を上げ、やる氣満々の表情に見える。
「それじゃ、ゆっくり、一周、歩いてみるよ。」
僕がアリエルを引き、天馬にまたがった佑夏は、記念すべき乗馬の第一歩を踏み出して、
「わ~!何だか素敵~!景色が全然、違って見えるよ!」
第一声も歓喜に満ちたものである。