幸せの乗馬クラブ
いや~、これってデートなのか?
普通の大学生なら、こんな時、車で、彼女を助手席に乗せて行くだろう。
「佑夏ちゃん、あのさ。嫌じゃないの?」
「え?何が?私、馬に乗るの初めてなの。すっごく楽しみよ!ありがと!」
違うって。そういう意味じゃなく...........。
今日はクラブの方から「いつも頑張ってくれてるから、もう一人、無料で招待させてもらう」と言われ、佑夏に声をかけたら、二つ返事でOKしてもらえたのである。
まあ、彼女は純粋に僕の親切だと思っているようだが。
クラブの方では、新規顧客開拓の為の営業も兼ねているだろうな。
「そろそろ、迎え、来るだろうね。」
外を見ながら、僕は呟いてみる。
いつもなら、ここからバスを乗り継ぐ。
だが、今日は、体験客が一緒ということで、スタッフの人が客用送迎車で、迎えに来てくれることなってるんだけどな、あ。
軽ワゴンのエンジン音が聞こえ、砂煙を上げながら、車体が近づいて来る。
スタッフの女性が運転しているのが見えてきて。
「あの車?」
「そうだよ。じゃあ、行こうか。」
姫を促し、僕達は外に出る。
40代のオーナー夫婦と、この女性スタッフの三人だけで経営している小さな乗馬クラブである。
初冬の小春日和。
今日は、風も無く、絶好の乗馬日和だな。
軽ワゴンが停車し、スタッフの桜井さんが降りてくる。
20代後半くらい、僕が高校の時から、既にこの乗馬クラブで働いていた。
もう、結婚してもおかしくない歳だけど、そういう話はしたことがない。
「おはよう!中原君!」
乗馬クラブのスタッフは、みんなそうだが、この人も憑き物の取れたような健康的な顔に、元氣な営業スマイルで、明るい快活な女性である。
「桜井さん、おはようございます。」
「おはようございます、白沢といいます。今日は、よろしくお願いしま~す♪」
僕と佑夏が、それぞれ順番に挨拶し、車に乗り込む。
運転しながら、桜井さんが僕に話しかけてくる。
「今日は、林の葉っぱがみんな落ちて、森の中、明るいから。林間コース、行ってもらうね。
落ち葉がサクサクして、いい感じだよ。」
「え?外乗もいいんですか?」
乗馬の醍醐味と言えば、何と言っても、馬の背に乗って自然の中を歩く外乗である。
だが、馬場をグルグル回るだけより、三倍くらい料金が高いんだけど、いいのか?タダで?
「うん、いいよ。でも白沢さんの手綱は、中原君が持ってあげて。引き馬ね。
白沢さんの担当、中原君にしてもらうから。」
「俺が担当?俺、馬房掃除と、コースの片付けと、馬の運動しかやったことありませんが?」
こりゃ、驚いた、できるのか?自分に?
「中原君なら、もう大丈夫よ。乗馬クラブに勤めたいんでしょ?もう、インストラクターの経験も積まないとね。」
ずっと後になってから聞いたが、僕の連れて来た「招待客」が若い女性であるのを見て、咄嗟に桜井さんが機転を利かせてくれたのだという。
本当はオーナー自ら、佑夏の担当をすることになっていたと。