むすんでひらいて
「楓ちゃんが生まれたとこ、早く見たいな~。あ、中原くん、“むすんでひらいて“しない?」
「むすんでひらいて?」
なぜ?突然、姫は何を言い出すんだ?
「ほら、誰もいないよ。しよーよ!」
佑夏の言うことには、まるで僕は抵抗できない。
「♪むっすんで、ひらいて~てをうってむすんで~♪」
綺麗な明るい美声。聴く者を幸せにしてしまう、不思議な歌声の持ち主。
それが、彼女。
外を吹き抜ける冷たい木枯らしの音が、自然の伴奏のように、歌に優しく溶け合う。
台風の夜、苺奈子ちゃんに歌って聞かせていたハードロックを思い出す。
あの時も、嵐の轟音さえ歌と一体化し、暖かい地球の息吹に感じられてしまった。
この子には、周囲を笑顔にしてしまう、天から授けられた力がある、本当に「天使」と呼んでも差し支えないんじゃないか?
佑夏と一緒に手を動かしている内に、辛かった新聞配達の記憶など、何処かに行ってしまい、僕の心は幸福感で満たされ、氣が付けば、やっぱり笑顔になってしまっているし。
「佑夏ちゃん、こういうのも、幸福論と関係あるの?」
「う~ん、あると言えば、あるかな?でも、半分は私の趣味で~す♪」
やっぱりか。教養のある彼女だが、姫は、それ以上に、楽しいこと、面白いことが大好きなんだよね。
「アランはね、本当の体操は、肉体の運動に対する正しい理性の支配だって言ってるの。」
ありゃ、何か、武術の奥義書にでて来そうな、佑夏の台詞。
「子供達にね、ただの乱暴な運動をやらせて、自然な反応を妨げちゃいけない、って幸福論には書いてあるわ。」
「ああ、そうだね。暴力やってて、成功できた人はいないしね。」
武芸者として、語ってみると、佑夏は話を続けてくれる。
「肉体は監督や支配を止めると、すぐに悪い方向に向かうのよ。そうやって氣分次第な人は、簡単に不幸で意地悪になっちゃうね。
子供もね、規則正しいお遊戯してないと、すぐに乱暴なことして暴れだしてしまうわ。」
大の子供思いでありながら、決して放任主義ではない佑夏、立派だよな。
だが、
「佑夏ちゃん、俺、子供じゃないよ。」
ちょっと笑って言ってみると、姫も笑う。
「アハハ、そう思うでしょ?手を打つ遊びは、子供は熱中するのは当たり前なんだけど、アランは、若い男の人にやらせてみて、って言ってるの。
そうするとね、多分、恥ずかしさを乗り越えて、途方もないことをやり出すんだって。」
なに~?僕に何をやらせるつもりだったんだ?
「参ったな、そういうことだったのか。」
「うん。乗馬も正しい体操してないと、うまくいかないそうよ。」
「まあ、どんなことでも、準備体操は大事だね。」
今から、僕達が向かう乗馬クラブ。
僕の家で暮らしている、三毛猫の楓が、そこで生まれたのである。