姫は優しい
「家に、その仔猫、連れ帰ってさ。ちょうど、楓が来たばかりだったから、楓の猫缶があったんだ。
鼻先に持っていったら、ちょっとだけ食べてくれた。
あれが、この世で最後のゴハンになったな。」
「やっぱり、助からなかったのね。」
田舎の無人駅の待合室、もう寒くて外には立っていられない。周囲は稲刈りを終えた田んぼが広がっている。
僕の新聞配達の話と、ウジのわいた仔猫の話を聞いて、心優しい佑夏は目に涙をためている。
「うん、ダメだった。病院で、クシで身体についてたウジを取ってもらってたら、口から血を吐いてね。
一晩、入院させたけど、朝まで持たなかったよ。」
古い木造駅の座席、なんだか情緒があるな。映画のワンシーンみたいだ。
「でも、その仔猫ちゃん、きっと感謝してるよ。それで、あの....、中原くん、吹雪の中、新聞配達って、本当なの?」
彼女の深い澄んだ瞳が労りの視線をくれる、曇り一つ無い、綺麗な目だ。
この子は、自分の不幸は決して口に出さないが、他人の不幸は、自分のこと以上に心を痛め、一緒に寄り添ってくれるのだ。
本当に優しい人である。
そして、新聞配達の話。
「う、うん。そうだね。キツかったな~、思い出すのも嫌だよ、はは。
毎朝、3時、4時に起きて、真っ暗で吹雪いている中に出ていかなきゃならないんだ。」
「そんな.......中原くん。ゴメンなさい。私、暖かい部屋で、勉強だけしてたわ。
何も、あなたのこと知らなかった。」
は?
「佑夏ちゃん、何で謝るの?あ、あれ、隼君が言ってたよ。
冬でも、いつも早起きして、家の掃除してたんだよね?佑夏ちゃんの方がエライって。」
「弟が、そんなこと言ってたの?もぅ~!ちょっと待ってて。」
珍しく、少し膨れっ面になった彼女は、すくっと立ち上がり、自販機の前まで行くと、すぐまた、舞い戻って来る。
今さらだが、スタイルいいな~、佑夏のジーンズ姿を見るのは初めてだ。
なんせ、今日はこれから、馬に乗るのである。
やはり、僕が高校から通っている乗馬クラブで。
再び座った佑夏の手には、「ほっとレモン」が二本、姫は、これが僕の好物だと知っている。
「はい、中原くん。暖まってね。ご苦労様。」
優しさと思いやりで潤んだ瞳、ニコリと微笑み、首を横に傾け、両手で、ほっとレモンの一本を差し出す極上の美女。
まるで、今、新聞配達から戻ったばかりの僕を労るかのようだ。
うう~、たまらん!新聞配達の疲れなんか、きっと吹っ飛ぶな。
もし、この子と結婚できたら、毎晩、帰る度にこんな風に.........、
い、いや。今、そんなこと、考えるのはやめておこう.....。