嵐の夜に
生まれて初めて、母親と離れて泊まりの心細さ。
吹き荒れる嵐の恐怖。
それでも、氣丈な苺奈子ちゃんは、ここまで泣かずに頑張ってきた。
だか、佑夏が帰ると聞いて、緊張の糸が切れてしまったのだろう、無理もない。
立ち尽くす佑夏は聖母のように優しく微笑み、彼女の足にしがみついて泣きじゃくる苺奈子ちゃんの頭を両手で覆い、自分に引き寄せている。
「レオナ!」
と、僕に言われるまでもなく、雑種犬は苺奈子ちゃんに身体を巻き付け、ペロペロと顔をなめているが、今度ばかりは号泣は止まらない。
ちょうど、その時、母が仕事から帰って来る。
台風で、全従業員、早上がりの早退になったのだという。
氣の弱い母は、大声で泣き続ける苺奈子ちゃんに、すっかりオロオロして、途方にくれてしまう。
「ゆーかねーちゃん!!ゆーかねーちゃん!!かえんないでー!!!」
母など目に入らず、泣き止まない苺奈子ちゃん。
「大丈夫よ。私、何処にもいかないから。」
え?
佑夏の口から出たのは、思いもかけない言葉だ。
苺奈子ちゃんは、泣き腫らした顔を上げる
「ホント?ゆーかねーちゃん、どこにもいかない?」
「ホントよ。今日は、モナちゃんと一緒に寝るから。」
佑夏の、この一言に、僕と母は固まってしまったが、彼女は、苺奈子ちゃんに手を添えたまま、母に微笑みかける
「ご迷惑ですか?」
姫のまさかの申し出に、母はオロオロしながらも、もう外は危険で、とても歩けないし、モナもこんなだから、白沢さんさえ良かったら、泊まっていって欲しい、みたいなことを言っている。
「母さん!何言ってんだ!?非常識だろ!」
仰天したのは僕である。
「佑夏ちゃん!マズイよ!世間体があるって!」
僕に、そう言われても、佑夏はまるで、ただのパーティーにでも出席するかのように笑い、
「誰が見てるの?私、氣にしないよ。」
「わーい!わーい!ゆーかねーちゃん!」
元氣を取り戻した苺奈子ちゃんは、佑夏の足に、ギュ~!っとしがみついている。
佑夏は、こうなることを見越していたようだ。
台風の最中、苺奈子ちゃんは母親と離れ、寂しさと怖さで耐えられくなり、僕と母だけでは、手に負えなくなると。
その証拠に、姫は着替えも、ハミガミなどの「お泊まりセット」も、持って来ている。
かくて、佑夏と苺奈子ちゃんは、一緒にお風呂に入り、風呂場から二人の歌声が聞こえて来る。
その間、夕食の支度は母がしている。
佑夏は、自分も一緒に夕食は作ると申し出たが、母は「あなたに作らさせる訳にはいかない」と言って、強硬に拒否した。
何しろ、母にしてみれば、大事な姪が世話になっている今日の貴賓である。
佑夏の手料理が食べられないのは、ちょっと残念、って、こんな非常時に僕は何を考えているんだ?
ぽん太が、鼻先をくっつけてくる。
(おい、ジンスケ。すぐそばで、佑夏が風呂、入ってて興奮すんだろ?
覗こうなんて、思うんじゃねえぞ。)
(バカ、こんな時にふざけるなよ。)
台風はいよいよ、最大風力に達した感がある、もの凄い轟音だ。