ヤマネは天使
東山さんが回想する。
「お話を聞きまして、水野さんが、大変、私に熱心に会いたいと思われているご様子が伝わって来たんです。
今まで、子供対象の自然観察会と、研究者のみの現地説明会は実施したことはあったのですが、一般の読者の方との、触れ合いも、一度くらい、いいかな?と。
それで、しばらく考えてから、お引き受けすることにしたんです。」
「東山先生、本当にありがとうございます!」
水野さんが手を合わせ、目を閉じて、お礼を言っている。
カメラマン氏は恐縮し、
「いえいえ、私も、今日はとても楽しかったです。
貴重な体験になりました。やって良かったと思いますよ。
こちらこそ、ありがとうございます。」
ここで、小林さんが、紅茶に一口、口をつけた後、
「しかし、水野さん。
横浜より、箱根が好きなのであれば、どうして、箱根で暮らさないのですか?」
うん、これは、僕も、そう思う。
「急患が間に合わないんです。
交通事故なんかの命に関わる重傷患者は、箱根より横浜の方がずっと多くて。一人でも多くの患者さんをお救いするには、横浜市内の病院でないと。」
「そやさかい、横浜に住んでんですか。そら、大変ですなぁ。」
水野さんの答えに、ルミ子さんは同情の表情を浮かべている。
「とても献身的に自分を犠牲にされて、都会で働き、神経をすり減らしている方だと、出版社からは、私の方に、話があったんです。」
東山さん、だから会ってあげたくなったのか。
ん~、佑夏と理夢ちゃんは、まだか?
こんな時、姫がいれば、うまく場を盛り上げてくれるのに。
水野さんの目には涙が滲み始め、再び、東山さんにお礼を言う。
「先生、本当に本当に、ありがとうございます。」
「いいえ、私は何もしていません。霧ヶ峰の自然とヤマネにお礼を言ってあげましょう。
今日の霧ヶ峰はいかがでしたか?水野さん?」
人格者は謙虚、を地で行く東山氏。何だか、暖かい人だ。
「は、はい。素晴らしかったです!
自然と触れ合うのが、こんなにも癒されるなんて、しばらく忘れかけてました。」
その水野さんも、少し、紅茶を飲んでから
「以前、ミラノの病院に見学に行ったことがあるんです。
イタリアでは、ミラノみたいな大きな街でも、市街地は小さ目になってて、駅から車で少し走れば、山や海や湖みたいな、自然溢れる場所に行けます。」
お喋りなルミ子さんが、出されたリンゴをポリポリ食べながら、話に聞き入っている。
長野物は旨そうだ、僕もリンゴに手を伸ばす。