箱根の森から
観念したのか、聞いてもらいたくなったのか、恥ずかしがっていた水野さんも、ポツリ、ポツリ、経緯を述べ始める。
「私、最初、出版社に電話で“どうしても東山大悟先生に会わせて下さい“と、お願いしたんです。
もちろん、取り合ってもらえませんでしたが、諦めませんでした。」
「なんで、そないに、東山先生に会いたかったんですか?」
ルミ子さんは、好奇心丸出しだ。
「横浜みたいな大きな街で、人の生死に関わる仕事をしてると、おかしくなりそうで。
亡くなる方も、毎日のように見ます。
私、元々は山育ちなんです。
ストレスで、耐えられなくなってる時に、東山先生のヤマネの写真集に出会いました。」
そう答える水野さんからは、強い信念のようなものが感じられる。
少なくとも、嫌々仕事をしているのではなさそうだ。
水野さんは、都会暮らしに、かなり参った様子で、
「東山先生のヤマネの写真集、本当に癒されました。
横浜で暮らしていても、生まれ育った箱根を思って、毎晩、泣いていたんです。
ヤマネの写真を見て、箱根の森に戻った氣になって、また頑張ることができました。
箱根で、ヤマネは見たことは無いんですけど、森の息吹きというか、そういうのが感じられて。」
箱根?小学生の頃に一度行った記憶がある。
今度は、僕が聞いてみる。
「箱根って、彫刻の森美術館があるところですか?」
「は、はい!あの、すぐ側の中学校、出てます!」
モロに地元だったようで、水野さんは喜んでくれる。
「箱根温泉は、雰囲気が良く、独特の情緒があって、私も好きな観光地です。」
小林さんが、そう言うように、あそこは僕も氣に入った。
さらに、ナースの告白は続く
「こんな素晴らしい写真を撮れる、東山先生って、どんな人なの?
会って、お話が聞きたい!それで、出版社の東京本社に何度も足を運んで、頼み込んだんです。」
「ハハハ!よう、やりますなぁ!そやけど、うちら、今こないして話してるのんは、水野さんのおかげですなぁ。」
そのルミ子さんは、見るからに行動力がありそうだが、水野さんの行動力は、それ以上だったのか。
「何度も、何度も、お願いして、担当者の方に、やっと“東山先生に連絡を取ってみます“と、言ってもらえました。
最初に電話してから、半年かかったんです。」
水野さん、すごい粘りだな。
そして、イケメン添乗員氏が事の顛末を。
「その担当者が、以前に当社と共同で、エコツアーを企画したことがあったんです。
それで、まず、こっちに連絡が来まして。
“東山先生も、一対一で会うのではなく、ヤマネの森を訪ねる自然観察ツアーとしてなら、引き受けて下さるのではないか?“ということになったんです。
我が社では、この企画は一発で通りました。
大変、面白そうですしね。」