港町の病棟
ディーンフジオカ添乗員が、東山さんに提案する。
「先生、どうでしょう?白沢様と理夢様が来るまで、今回のこの企画について、水野さんから、ご説明いただいては?」
「ああ、そうですね!水野さん、いかがです?」
東山さんも、納得している。どういうことだ?
「ええ!?私ですか?」
言われた本人、横浜のナース、水野葵さんは、ひどく戸惑っている。そりゃ、そうだな。
ちょうど、その時、宿のスタッフが三人で、お盆に紅茶と果物を載せて、持って来てくれる。
さっき、我々が「南極の話が聞きたいから」という理由で、この場に残ることになっていた、女将さんはそのまま席に着く。
この人は40代後半くらい?東山さんよりは、ずっと若い。
この初老の動物カメラマンとの親しげな様子、やはり、昔からの知り合いだけある。
佑夏と理夢ちゃんの分の紅茶は、冷めてしまうから、また二人が来てから淹れ直して持って来ると、男女一名ずつの他のスタッフは引き上げて行く。
「実は、水野さんのたっての希望で、当社のこのツアーが実現したんです。」
添乗員が、そう説明する。
ヤマネの写真集の出版社に「どうしても、東山さんに会いたい」と、水野さんが熱望した話は、つい二時間ほど前、佑夏と星空を観に行った際、姫から聞いたばかりだ。
しかし、他のメンバーは初耳だったらしい。ひどく驚いている。
「は、はあ。私、病院のロッカーに、東山先生のヤマネの写真集入れて、休憩時間に見てるんです。」
そう語るナース嬢。これも、佑夏から聞いた通り。
高層ビルの立ち並ぶ大都市で暮らしているのは、今日の参加者の中で、横浜市内在住の水野さんと、東京から来た山田さんだけ。
ちょっと、山田さんを見てみると、水野さんをジーッと不気味な目で睨むように、見続けているじゃないか。
やはり、この人は怪しい。
「それで、出版社の方から、私に話が来ましてね。
写真集の読者の方で、どうしても会っていただきたい方がいる、とのことだったんですよ。」
回想する、東山さん。
「キャー!すいませ~ん!」
恥ずかしさで、横浜の看護師さんは、両手で顔を覆ってしまう。
「今までもね、読者の方が私に会いたいというお話は何度かあったんです。
しかし、全てお断りしていました。」
東山さんの対応は、もっともだ。
「そら、まあ。そうでしょうな。」
と、ルミ子さんが言うまでもない。
「今回も、最初はお断りしたんです。
ところが、出版社の担当さんがね、“今回だけは、絶対に会って下さい。“と言って、折れないんですよ。」
東山さんは振り返る。