霧ヶ峰の夜
霧ヶ峰の夜も、19時を回ったか。
ルミ子さんの夫であり、理夢ちゃんの父親が、人氣漫画家だったとは驚きだ。
しかし、そろそろ時間。
ディーンフジオカ添乗員が、一旦、解散を告げる。
「それでは、この後、20時から、奥のラウンジで東山先生に、お話しをいただきます。
それまで、自由時間です。」
僕達は、立ち上げる。
佑夏は、理夢ちゃんに、勉強を教えると言っていたな。
やはり、こちらの女子高生殿に話しかけている姫。
「理夢ちゃん、それじゃ、私の部屋に行こーか?」
「はい。おたのもうします。」
何だかもうウキウキしていて、すっかり、理夢ちゃんは佑夏に心酔しきった表情である。
「ほたら、白沢先生、頼みますわ。」
ルミ子さんが、二人を送り出す。
「は~い。」
佑夏は、いつものように微笑み、理夢ちゃんと自室に消えて行く。
全員が各々の部屋に引き上げ、僕も一息つく。
水野葵さんのカリンバの音色は、聞こえては来ない。
勉強している佑夏と理夢ちゃんに、遠慮しているのだろう。
部屋で、僕が大の字に横になると、予想はしていたが、デブな怪猫が、また遠距離思念を送ってくる。
(ジンスケ、佑夏と一馬のやりとり、教えてやろうか?)
「いいって。発表の後、なるようにしか、ならないんだ。」
(そう言うと思ったぜ。一つだけアドバイスしてやる、いいか、佑夏と二人で発表見たら、言葉は慎重に選べ。
迷ったら、佑夏のことだけ考えろ。
一馬のことは、いったん忘れるんだ。いいな、くれぐれも慎重にだぞ!感情的な物言いはするな。)
いつになく、念を押す、ぽん太。
(ぽん太、今日は、からかってこないんだな?)
(オレを何だと思ってんだ?お前の飼い猫だぜ。主人の幸せを願わねえ猫なんかいるかよ。)
(ああ、分かった。ありがとう。)
そして、僕はゴロンと寝返りを打つと、今度は、大学の同級生で、バイト仲間でもある、須藤竜矢に言われたことを考えてみる。
「佑夏ちゃんと、まだ続いてるんだろ?
乗馬クラブなんか止めとけって。せっかく内定もらってんだから、そっちにしろよ。」
佑夏と須藤は、大学一年の冬に行ったコンサート以来、面識がある。
それから、三年もの間、四年生になった今でも、児童養護施設「若葉寮」でのボランティアを、須藤は時々、手伝ってくれている。
「俺は金に生きるよ。世の中、やっぱり金だろ。」
こう言う彼は、大学卒業後は、東京か関東圏が勤務地になる企業を就職先に選んだ。
詳しくは知らないが、コンサートの時に見た彼女も、一緒に上京するらしい。