初秋の愛
「中原くん、このお菓子、美味し~。ふぅ~ん、スペインのなんだ。」
たかが100均の菓子、姫はお氣に召してくれたようだ。
「俺も、それ好きでね。ダイセーで買ったんだけど、そんなんでいいの?」
「お値段、食べるんじゃないもの。
ヨーロッパは、100均も無いし、家賃も高いから、生活、大変みたいよ。」
ここでも、アラン流に、この子は思考に蔑みを載せない。
そして、また姫のありがたいお話が聞ける
「私ね、判断とかも、しなくていいと思うのよ、自分に”決断力が無い~!”みたいな、余計なプレッシャーをかけることはないわ、だって、それも不幸でしょ?
負の感情を持たないで、幸せのプラグを繋いでいけば、なるようになるんじゃないかな?
きっと、それでいいのよ♪」
「俺も、そう思うよ。
怒ったり、憎んだりしながら、それからのこと考えたって上手くいくはずないし、後悔の元になるだけだね。
武蔵は、佑夏ちゃんの言う、幸せのプラグを繋いでいたから、後悔しない人生が送れたんだよ。」
「そーよね?
それとね、よく゛付き合ってはいけない人の◯個の特徴゛みたいなのが、あるでしょ?
私、ああいうのも、不幸のプラグを立てると思うの。
自分の為に、人を選ぶんじゃなくて、誰にでも正しい態度で接するのが、大切なのよ。」
「そうだね。自分の為に、得する人だけ見定めてやろうなんて考えてたら、本人の目付きまで悪くなりそうだよ。」
僕がそう言うと、また喜んでくれるとばかり思った姫は、なぜか伏目がちに視線を落とす。
どうしたんだろ?
「あのね、中原くん。あの......、その.........。」
(あ~あ、ジンスケ。佑夏を泣かせちまったな!バ~カ!)
(いちいち、うるさいんだよ、ぽん太!)
でも、本当に何だ?
すると、佑夏の薄い唇が、途切れ途切れに言葉を紡ぎ始める。
まるで、嬉し泣き?どうしちゃったの?
「........中原くん、私、嬉しいの........県教大のみんなは、........、こんなに、私の話、聞いてくれないのよ。
県の学力テストの結果が、他の県と比べてこうだから、指導はこうしなきゃならないとか、新しい学校指導要項に対応するにはどうする、とか、そういう話が多くて......。」
.........佑夏ちゃん.......。
ちょっと声はかけられない。
それでも、姫の口元には、いつもの微笑みがあり、
「テストも指導要項も、それは、やっぱり大事なことなんだと思う。
でも、生徒のみんなは何処にいるの?答案の中にはいないわ。
教師が、生徒を採点だけして、それで終わりでいいの?........こんな話すると、県教大の学生嫌がるのよ......」
さすがの化け猫も、大人しくしている。
佑夏は、髪の白い貝殻に、そっと手を当てて
「私ね、アランが言いたいのは、こういう意味なんじゃないかと思うの。
恨んだり、怒ったり、憎んだり、妬んだり、蔑んだり、嘆いたり、悔んだり、そうやって不幸になっていい権利なんか、地球上の誰にも無い。
負の感情を持たず、幸せのプラグを立てて、幸福になるのが、人としての義務ですよ、って。」
「佑夏ちゃん、素晴らしいよ!お世辞じゃない!」
よく、これだけ普遍的な人類愛に満ちた思考を導き出せるな。
だが、心優しい彼女ならではだ。
「ありがと、中原くん。
私、本当は生徒のみんなに、幸福論の幸せについてのお話、したいのよ。
お仕事だから、勉強教えるのが第一だって、分かってはいるんだけどね。」
「好きなだけ、してあげればいい。
子供達、きっと喜ぶよ。俺も合氣道で、子供クラスで合氣道を教えてるのは、時間の半分くらいで、あとはゲームしたり、好きに遊ばせてるよ。
手を抜いてるんじゃないけどね。」
「ふふふ、優しいですね!中原先生!
中原くん、いつも私の話、熱心に聞いてくれるから嬉しくて、貴方の部屋に来ると、とっても心地いいの。
合氣道の生徒さんも、きっと同じなんだと思うわ。
ぽん太!あなたも可愛いのよ。」
「佑夏ちゃんの話聞くの、俺も大好きだよ。」
「中原くん、私も........。」
見つめ合う二人。
.....愛?......、今、そんな名前の感情が、空間を駆け抜けていった氣がする。
僕達は、いつしか、お互いにとって、かけがえのない存在になっていたのだ。
(おい、ジンスケ。見せつけてくれるがよ。
オレが言った“波に乗った男”が現れんのは、もうすぐだぜ、そこんとこ忘れんなよ。)
(ハハハ!ああ、分かった。今、いいところなんだから、邪魔するなよ。)
(笑いか~?余裕だな。ニャハハ!)
この話には続きがある。
下田欲蔵・県会議員にセクハラされていた武山小夜子さんのツテで、今度は市会議員の人を紹介してもらえたのである。
この人は腰の低い、まともな人だ。
そして、この市会議員の方は、新しい会場を斡旋してくれた。
市の中心部から外れた里山にある、小さな公民館である。
元は、小学校の分校だった。
目の前に沢が流れ、周囲を山、田んぼに囲まれたのどかな所で、とても気持ちがいい。
交通の便はやや良くないものの、ちょうど、入り口にバス停があって、車が無くても通える。
使用料は前の県営体育館より安く、道場生の皆さんに経済的負担を強いることも無い。
しかも、裏山がキャンプ場になっていて、レクリエーションに、好きに無料で使っていいなど、至れり尽くせり。
千尋も、武山さんも、すっかり氣に入り、以前にも増して、熱心に稽古に打ち込んでいる。
玄関前にある、苔むした「二宮金次郎像」を囲んで、子供達と記念撮影は楽しかったな。
佑夏の言う「幸せのプラグ」は、僕を見捨ててはいなかったようだ。