怪猫、余計なことを言う
佑夏は、宮本武蔵「独行道」の一節
「我、事において後悔せず」を知っていた............?
普通の二十歳の女性なら、まず知らないだろう。
だが、教養のある、この子のことだ、知っていても、おかしくない。
後悔して落ち込んでいる相手に、「後悔なんかしないで」と言ったところで、しょせん上から目線であり、通り一辺倒の印象しか与えない。
そこで、佑夏は、自分が僕から教えを乞う、という形を取り、人生の師匠のように、この中原仁助に語らせてくれた。
こうすれば、こっちの顔は立ち、しかも、教える立場にしてもらっているのだから、氣分だっていい。
何よりも、”我、事において後悔せず”と、自ら宣言させてくれて、あの議員のことを忘れさせてくれると共に、美女に褒めてもらえるというオマケ付き。
これは、最高だ。
変に、肩を叩かれて慰められるより、ずっといい。
こうなると、氣になるのは、やはり佑夏の頭の中である。
(おい、ぽん太、佑夏ちゃんは独行道のここのとこ、知ってたのか?)
(そいつは言えねえな、分からねえからいいんだぜ。オレがバラせば、佑夏の優しさに水を差しちまう。
だが、せっかくの心遣いだ、ありがたく頂戴しておけよ。
しかしよ~、いい娘だよな~、お前なんかにゃ、もったいねえぜ。)
「中原くん、どーしたの?ぽん太のことジッと見て?」
「い、いや。何でもないよ。」
姫に言われてハッとする。
(あ~、ジンスケ。しかしよ、オレの言った強力な好敵手が現れんのは、もうすぐだぜ。
せいぜい、今の内に、他の男に取られるかもしれねえ女との、束の間の逢瀬、楽しんでおくんだな。
佑夏、取られても、泣くんじゃねえぞ。ニャハハハ!)
(だまれ~!!)
本っっ当にムカつく化け猫だ。
こんな怪物は、構わないでいいな。
だけど、佑夏には、ここまでしてもらったんだ、一応、悩んでいたことは打ち明けようと思う。
「最近、合氣道教室で、ちょっと揉めてね。」
だが、あの下田氏のことを詳細に語るのはよそう、僕も氣分が悪い。
「あら、そうなの?」
姫は落ち着いている。
「何だか、偉い人が入ってきて、威張り散らすんだ、参ったよ。
合氣道も、団体によっては、政治家や芸能人、一流大学の学生とか、地位のある人ばかり贔屓して、すぐ黒帯にして、普通の人は何年やっても白帯のままって所もあるんだ。
俺はそんなこと、しないから。
一歩、教室に入れば、みんな平等だよ。」
簡単に、要点を。このくらいなら、悪くないと思う。
「中原くんが、差別なんかしない人なの、私、知ってるよ。
あのね、私もホントに、合氣道、興味あるの。
教員採用試験終わったら、行ってみようかな?」
この、姫のお申し出は大歓迎である!
「え?き、来てよ!佑夏ちゃん、合氣道、絶対、合ってるよ!」
姫の袴姿は似合いそうだ。