権力王
「ぽん太~♡」
佑夏が撫で始めると、この怪猫は、とたんに「ふにゃ~ん」と、甘ったるい声を出して、顔を姫に擦り付け、態度を豹変させる。
僕と佑夏に対する態度が丸っきり違う。
本っ当にムカつく奴だ。おっと、怒っちゃいけないんだっけか?
だが、優しい姫は、今日も、ぽん太に慈愛の目を向けつつ、
「それでね。怒りや恨み、憎しみなんかは分かり易いんだけど、割と見落とされるのが、蔑みね。
だけど、アランが言うみたいに、人を蔑む心も、不幸を連れて来るわ。
ラッセルの幸福論にも、幸福になれない人間の一つはナルシストだってあるの。」
「ナルシズム.........。人を見下す心から生まれるね。」
「そーなのよ。自分大好き、自分が一番。不幸になる考え方だわ。
ナルシストは、何をやっても、本人が賞賛されることしか頭になくて、してることに本物の興味が無いから、最後には周りの人から笑われてしまうことになっちゃうのよ。
あ、あのね、中原くん。
ラッセルの言う、幸福になれない人には、三つのタイプがあるんだけど.........。」
「うん?」
「共通してるのは、みんな自分自身の幅を狭めてしまってることなの。
一つは罪人。
別に犯罪者じゃなくて、幼い頃に厳しすぎる躾をされて、大人になってもそれに縛られて、罪の意識で自分を責め続けている人、って言ったらいいのいかな?」
「ああ、いるね、そういう人。氣の毒だよ。」
僕も、楓を撫でながら、聞き入ってしまう、佑夏の美しい声。
「二つ目が、今言った、ナルシスト。
それでね、三つ目は誇大妄想狂っていうのよ。」
「誇大妄想狂?」
なんだ、そりゃ?世界征服の野望でも持ってるってことか?
「ふふ、今、ちょっと違うこと、想像したでしょ?
権力が好きで、人から愛されるより、恐れられることを好む人のことよ。」
!!ええ!?それって!?
またしても、表情から心を読む、女性ならではの特殊能力を、佑夏は発揮したのか?
「あれれ?何だか、権力好きの知ってる人、いるのかな?
権力で人を動かすのが好きな人は、なんでもワンマンになっちゃうよね。
我儘を周りにぶつけて大暴れしたり。」
優しい姫の微笑みにクラクラしてしまう。
(よう、ジンスケ。何度も言うがよ。下田とかいう男のことを、オレは佑夏に何も話しちゃいねえぜ。)
(分かってるよ、ぽん太。今、俺は佑夏ちゃんに、猛烈に感動してる。)
「でもね、権力はずっとは続かないの。権力や脅しじゃ、絶対に動かせない人だっているしね。
だから、誇大妄想な人も、やっぱり幸せにはなれないよね。
アランなら、”義務を果たしてない”ってことになるんだけど。
中原くん、どう思う?」
「い、いや、そうだよ!絶対、その通り!
ありがとう、佑夏ちゃん。」
「ナルシズムも、権力欲も、ちょっとなら問題ないんだけど、度が過ぎると、自分も周りも不幸にしてしまうのよ。」
初秋の穏やかな陽射しが二人と二匹を包み、庭のススキの元で、雑種犬・レオナが目を閉じ、「く~ん」と心地良さそうな声を上げている。