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幸せのウロコ雲

すっかり、和やかで、一体感の出てきた車内。


 添乗員は、これで言い易くなった、とでもいうように説明する。


「今回の企画は、ヤマネの棲みかを訪ねるものです。でも、絶対にヤマネを見れる保証はありません。

 もし、見れたらラッキーくらいに考えて下さい。」


 誰からともなく「は~い」という返事が響く。


 文句を言う者は一人もいない。それはそうだろう。

 相手は自然であり、野生動物なんだから。


 出発地と、宿泊先でもあるベースの宿までは、あっという間だった。


 マイクロバスから降り立つと、高原はすっかり秋。

 高い空、信州の山々は、草紅葉(くさもみじ)で紅く染まっている。


 今夜、泊まる宿は、ログハウスではないが、木造の山小屋風だ。


「講師が到着するまで、しばらくお待ち下さい。」

 

 と、添乗員が告げる。


 大きな荷物は、宿の中に入れ、リュックだけの軽装となる。


 続いて、山小屋の賄い風の中年女性から、昼食のお弁当が配られた。


 外に出て、周囲を見渡すと、ミニチュアサイズの笹や、小さな高山植物の茂みが広がっており、自分がゴジラになったような気分になる。


 笹は高さ10センチあるかないか。

 ちょっと笹藪を歩いてみたくなり、足を踏み出しかけたその時、


「中原くん、笹藪に入っちゃダメだよ。」

 

 背後から、佑夏に咎められてしまう。


「踏んだりしないよ。」

 

 それでも、歩を進めようとしたのだが。


「えい!大地の怒りじゃ!」

 

 そのかけ声と共に、この子は、僕のザックを引っ張り、仰向けにひっくり返してしまう。


 僕は、合氣道の受け身が取れるから、後ろ向きに倒れてもケガをしたりはしない。

 それを知っての、お姫様の狼藉だ。


 それに、彼女は、僕がバランスを崩すと、両手で背中から僕を支え、そっと地面に降ろしてくれた。

 だから、ズボンが破けたりすることもなかったのである。

 

 まだ、僕の背中と頭には佑夏の手が当たったままだ。


 見上げると、すぐ上には美しい美女の顔、その背後には秋のウロコ雲。

 髪の白い貝殻が、秋空に映えるのなんの。


 その上、温かく、柔らかい手の感触。心地いい。

 ずっと、このままでいたい。


 ちなみに、僕の合氣道教室での話。


 中学生や、小学校の高学年の生徒で、幼稚園や低学年の子の面倒見のいい、優しい子も中にはいる。


 こういう、優しい生徒は、他の道場生への触れ方が柔らかく、触れる相手を思いやる。


 そして、触れ方が優しく、柔らかい子ほど、技の理解と上達が早い。


 反対に、年少の生徒に露骨に嫌な顔をしたり、世話を全くしない子は、触れ方が硬く、冷たい。

 そういった道場生は、あまり上手くはならないものだ。


 他人への触り方一つに、性格も人生も現れるのである。


 佑夏のこの手は、とてつもなく優しく、柔らかい、温かい。


 僕を支えたまま、彼女が囁く。


「ほらほら、中原くん、雲が綺麗だよ。下ばっかり見てたら見えないよ。」


「ああ、そうだね。」

 

 ずっとこんな態勢のままでは、イチャついてるように見えて、他の参加者をシラケさせてしまう。


 僕はようやく起き上がる。


 秋の爽やかなウロコ雲に、山の紅葉、小さな高山笹が絶妙なコントラスト、最高の景観だ。


「すまなかった。佑夏ちゃん、ありがとう。」


 僕の謝罪に、いつものように、彼女は優しいクスクス笑いを返してくれる。

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