人間の義務
「しかし、そういう多国籍組織の思惑があるのも分かりますが、環境問題は国ごとに別々ではなく、各国が協力して当たるべきでしょう。」
小林さんが眼鏡を光らせる。
「渡り鳥や回遊魚は国境を越えますし、何かの汚染は世界中に広まりますしね。」
水野さんも同意見だ。
「゛世界の秘密“にも、そう出てきますね。」
佑夏の発言に、
「世界の秘密?白沢先生、そら、何です?」
質問する理夢ちゃん。
ルミ子さんがスマホを取り出し、娘に見せる。
「これや。家にあったやんか。」
「あ~!これ!ウチずっと、ガイア君、ガイア君、言うとったで。」
理夢ちゃんがこう言う「世界の秘密」とは。
執筆当時、鳥取県在住で、12歳になったばかりの少女による、地球環境に関する絵本である。
地球の妖精「ガイア」が、小学生の男女に環境問題をレクチャーするという内容で、英語を始め、日本語から各国語に翻訳されて、国連でも取り上げられた。
そして、この絵本を描き上げた直後、それまでいたって健康体だった作者の少女は、就寝中に小脳出血を起こし、この世を去っている。
やはり、吉岡総司氏も読んでいるだろう。
理夢ちゃんが、その父の言葉を教えてくれる。
「ガイア君、悪い人出て来いひんさかい、ええですな。
そやけど、おとんがいつも言うんです。
゛理夢、世界には人や地球を食い物にする悪どい連中、ぎょうさんおる。
そやけど、そないな奴らに腹を立てたり、恨んだりしたらあかん。
自分の思考に恨みや怒りの感情を乗せたらあかんのや。
そんなんしとったら、今頃、俺の漫画は売れてはいーひんで。
誰も恨まんと、怒らんと、成功する。それが、人としての、義務や“
って。」
これを聞いて、佑夏と、水野さんと、小林さんが声を合わせる
「素敵~!!」
ちなみに、小林さんだけは、語尾に「ですね。」と付け加えていた。
今から、約二年前あたり、僕は佑夏から、同じような話を聞いたことを思い出す。
アランの幸福論に「幸福は義務」とあるのだ。
あれは、若葉寮の子供達と、高原に天の川を観に行った二ヶ月後くらいか。
秋風が吹き始め、蝉の声が、いつの間にか、秋の虫の声に変わってきていた日々のことだ。