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幸せのキリギリス

添乗員の男性に、いつものように、明るく笑顔で、佑夏が挨拶する。


「こんにちは!“空の旅行社゛の方ですね?」


「はい、そうです。ようこそいらっしゃいました。

 よろしくお願いします。」

 と答えた添乗員は、かなり大柄で180センチをゆうに越えそうだ。


 僕よりずっと大きい。

 年齢は三十代後半から、四十代前半くらい?


 芸能人なら、ディーン・フジオカを彷彿させる、なかなかのイケメンぶり。


 佑夏は、すかさず他の女性客二人にも挨拶する。


 どちらも眼鏡をかけていて、一人は痩せており、もう一人は太っている。

 両方、若くもなければ、高齢でもない。

 別々に立っていたから、ペアで来たのではないだろう。


 が、佑夏が入ると、とたんに雰囲気が一変してしまう。


 まるで古くからの知己のように、笑顔で、三人の会話が始まるのである。

 またしてもここで、僕のお姫様は不思議な力を発揮される、こりゃホントに敵わない。


 ようやく、僕も挨拶する。


「中原です。よろしくお願いします。」


 全く、「礼に始まり礼に終わる」のが武術家であるのに、いつも佑夏の後手後手に回るな。


 間もなく、すぐに全員が揃う。


 二十代半ばくらいの、OL風の女性。


 そして、関西の言葉を喋っている母娘。

 なぜ、親子と分かるかというと、顔も姿形もそっくりだから。

 娘の方は、かなり若い、まだ高校生じゃないか?


 僕と佑夏を入れて、客は七人。


 思った通り、僕以外は全員女性。

 普通の男は、こんなことに金と時間は使わないだろう。


 添乗員を合わせて、運転手を除き八人でマイクロバスに乗り込み、一路、霧ヶ峰を目指す。

 諏訪湖がどんどん眼下になっていく。


 標高が上がるにつれて、次第に木葉が赤く染まり、紅葉が始まっていく。 


 なかなか素晴らしい景色だ。

 だが、僕は突如、大声を上げる!


「すいませーん!ちょっと停まって下さい!」


 みんなが一斉に僕を見て、佑夏だけはニコニコしていて.......。


 一番、前の席に座っている添乗員が振り向く、


「どうしました?」


 僕は、右手で捕まえたキリギリスを差し出して訴える。


「これです!」

 

 車内に紛れ込んでしまっていたのである。


 関西の親子、母親の方に声をかけられた、


「お優しおすなぁ。」


 お優しいですね、と言っているのか?

 大阪弁とは違うようだ。何処の言葉だろう?


 ハスキーな声で、氣の強そうな人ではある。

 しかし、なんて人情味溢れる、温かい方言の響きだ。


「いやぁ、アハハ。」

 

 僕はいたって適当な返事を返す。


 すぐに、マイクロバスは停車し、僕は外に降りて、キリギリスを逃がすことができたのだが。


 ??どういう訳か、車内に戻ると、全員が爆笑し、笑いの渦ができてるじゃないか?


「あの?何かありましたか?」

 

 ポカンとして、僕が聞いてみると、添乗員がまだ笑いの収まらない顔で答える。


「何でもありません。さあ、行きましょう。」


 後から聞いた話では。


 僕が車外に出ている間、佑夏はドライバーに

「運転手さーん!このまま先に進んで下さい!中原くんを驚かせましょうー♩」

 と、進言したそうだ。


 もちろん、却下されたが、一同の爆笑を誘ったのだと。


 再び、関西人の母親が笑って話かけてくる。


出目金(でめきん)みたいな顔しはって、どしたんです?」


 僕はしどろもどろになってしまう。


「は、はあ出目金ですか?」


(中原仁助・注釈)


 出目金。

 金魚の一種。

 明治時代に中国から伝わったとされる。

 大きく突き出た目が特徴で、飼育は容易。


 僕は、佑夏によって、今度は鑑賞魚に変えられてしまっていたんだな。

 だけど、和やかな雰囲気作りに貢献できたことを喜ぶべきか。


 ここで、関西の娘の方が口を開き、母親を諌めてくれる。


「出目金ちゃうわ。失礼なこと言わんといて。」


 母親は、ショートカットの髪をかなりきつめに茶色に染め、娘は日本的な黒髪をポニーテールに結っている。


 そのせいか、漫才でいえば、母がピエロの「ボケ」、娘はしっかり者の「ツッコミ」に見えてしまう。

 もっとも、娘は多分、高校生。

 染髪は校則で禁止だろう。


 こちらの女子高生、僕に向き直ると、恥ずかしそうに何やら誉めてくれたりする。


「おかんが失礼なこと言うて、すんまへん。あの·········あなた········、男前·······です······。」


 マイクロバスが、また走り出しても、親子の掛け合いは続く。

 やはり関西系は、東日本の人間に比べ、数倍よく喋る。


 母親が娘をひやかして、僕に語る。


「コイツ、めっちゃ惚れっぽいですねん。すぐ、人を好っきになります。あなたみたいな、ええ男はんが虫助けた優しいところ見たら、イチコロですわ!」


 女子高生も負けてはいない。


「何ゆうとんの!ええ歳して、いっつも男、男、騒いどんのは、自分やないの!」


 大阪の漫才は、あまりに攻撃的過ぎて、品がなく、人によっては気持ち悪くて苦手という話も聞く。


 しかし、この二人の会話はさほど早口ではなく、おっとりした感じで柔らかく、落ち着いた印象を受ける。

 それに、優雅で品がある。

 僕のことを「男前」、「いい男」と誉めてくれたように、他人への思い遣りが感じられるのだ。


 まあ、僕は誉められて氣を良くし、多少、この母娘を贔屓目に見ているのは、否定できないかもしれない。


 そして、母親は佑夏に侘びを入れるではないか。


「こないな、はんなり美人の恋人はんの前で、彼氏はんのこと、娘が男前やなど、勝手なことゆうて、えろうすんまへん。」


 佑夏が氣を悪くしているはずもなく、いつものように、微笑んで答える。


「いえいえ、美人なんて。ありがとうございますー♪」


 彼女は、僕と恋人呼ばわりされ、自分を彼氏と言われても否定しない。


 止まらない口元のニヤケを隠すのに、僕は必死である。



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