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第6話 玲韻のセンタク

ドアをくぐると、ゴウと冷たい夜の風が吹き付けた。

 そこは確かに自分が死んだ時に見た光景だった。このビルの屋上へ上がってきて、そして―

 今、そのビルの淵には別の人物が佇んでいた。

 ぼさぼさに髪は乱れ、服にもどうでもいい感が漂った、母の姿がそこにはあった。

 青里は辺りを見回すと、怨霊の気配がないことに安堵した。

「玲韻さん。怨霊はいないようなので、私が説得にあたります。

 貴女はそこで待機していてください。」

 そう言うと、青里はすぐに具現化し、母親の肩に手をかける。

 と、青里は言い知れぬ違和感を感じる。

「アギゴヂャアアァァァンンンンン」

 明らかにおかしな言葉でそれだけ言うと、母親の首がぐるりと180度こちらを向く。

(しまった!これは…罠!!)

 それは母親に変装していた怨霊だった。

 しかも、具現化した青里が触れたということは…怨霊も具現化している。

 怨霊の具現化濃度は死に追いやり喰らった魂の数で決まる。

 これはかなり強力な怨霊だ。

(非常にマズイですね…まずは玲韻さんを逃がさなければ)

「怨霊です!玲韻さん、逃げ…」

 青里が必死に叫ぶ間も怨霊は攻撃の手を休めない。

 それを青里は確実に躱しながら玲韻を気遣う。

 しかし、これではジリ貧になるのは目に見えている。

 青里はこちらからも攻勢をかけるべく、己の武器であるワイヤーを操る為の特殊な手袋をはめる。

 幸い怨霊の攻撃は大振りな爪での攻撃で、隙も大きく読みやすい。

 青里は次の攻撃を避けると同時に敵の懐へ潜り込む。

 そしてすかさず左足で相手の脇腹に蹴りを叩き込み、再び距離を取る。

 その間に玲韻の無事を確認する為だ。

 当の玲韻は物陰に向かって何か言っているようだったが、こちらからはその全てを目視することはできない。

 と、そこへ怨霊が起き上がってくる。

「オノレ…」

 再びこちらへ向かってこようとする怨霊だったが、

 青里はその前に対策を打っていた。

 怨霊が倒れたあたりに撒いておいたワイヤーを引き絞り、動きを封じる。

 これで時間を稼ぎ、玲韻の安全を確保する狙いだ。

 最も、素直に逃げてくれれば、なのだが。

 先程の様子では何かをしていて、逃げる様子がなかったのが気になった。

 それでも、今は少しでも時間を稼ぐしかない。そう思っていた矢先―

 怨霊の顔が、わずかに歪んだ。笑ったのだ。

 青里がその意味が理解できない間に怨霊の身体がワイヤーをすり抜ける。

(濃度を下げた…だと!?)

 怨霊は青里達がするように、『気』をコントロールしたのだ。

 前例のない事態に戸惑いを隠せないうちに今度は怨霊の爪が迫ってくる。

 しまっ―


 青里と逃げると約束した玲韻だったが、本物の母親が屋上の陰に隠されているのを見つけていた。

 玲韻は考えていた。ここで自分一人が逃げ出すのは簡単な事だ。しかし

 それは正しいことなのだろうか、と。

 怨霊に憑かれた母親と、必死に気遣いながら戦ってくれている青里を見捨てる行為は、どうも自分にはできそうもなかった。

 かといってこのままではただの足手まといになることも充分理解している。

 と、不意に気を失っている母親がうわ言をこぼした。

「明子ちゃん帰ってきて…その為ならお母さん何だってするから…」

 涙を流しながらそう呟く母親に、玲韻は安堵と怒りの混じった複雑な気持ちで母親に返事をした。

「遅いよ…もう…」

 と。

 そして玲韻は決意した。たった一度の権利を今、使うことを。

 母を起こし、正気に戻す。それしか私にできる二人とも救う方法はないから。

 青里の方を見ると、痛烈な一撃を食らって錐揉みしながら壁に突っ込むところだった。時間がない。

 玲韻はすぐに具現化し、母親を必死に起こす。

 やがて母親が虚ろな目を開き、玲韻を視界に捉えると、喜びの声を上げた。

「明子ちゃん、帰ってきてくれたのね。」

 しかし、玲韻は首を横に振った。

「帰れない。帰れないよ。私、もう死んじゃったの。あなたが一番よく知ってるでしょう。」

 母親の本音を聞いてしまった今、明子の最後の行動は過ちだったのかもしれない。ただ母親に辛い思いをさせただけかもしれない。

 しかしそれはもう現実で、変えられない事実なのだとお互いが受け入れなければならない。玲韻はそう考えながら続ける。

「でもあなたは違う。まだ生きてるし、これからも生き続けられる。

 辛い思いをさせたのは私が悪かったけど、どんなに辛くても私はお母さんに生きていてほしいよ!」

 それを聞いていた母親の目からは涙が溢れ出ていた。

 そして、虚ろだった目には確かに光が戻っていた。

 母親は玲韻に向かって大きく頷く。

 と、その瞬間怨霊は苦しみ出し、身体が砂となり浄化されていく。

 青里は、玲韻が一度きりの権利を使って怨霊を祓ったのだと確信した。

 案の定、玲韻は母親の前で具現化していた。

 ボロボロの青里が玲韻に声をかける。

「逃げろと言ったハズですが…まさか、権利をこんな風に使うとはね。

 おかげで助かりましたよ。」

 怨霊から受けたダメージのせいでケホッと咳込みながらも、青里は安堵した。

 玲韻が自分と同じ道を辿らなかった事に―

(私が止めるまでもなかったんですね…貴女は自ら考え、そして違う答えを導き出した。本当に貴女の魂からは…綺麗な音がする。)

 ふっと笑みをこぼしたその時だった。青里はあることに気がついた。

 玲韻の具現化の限界だ。

「玲韻さん。そろそろお別れを言わなければ。」

 青里はそう玲韻に促す。

 玲韻自身もそれはわかっていたようで、静かに頷く。

「じゃあ、お母さん。私もう行かなきゃ。」

 玲韻は立ち上がると、青里の方へ歩き出す。

「行くってどこに?また会えるのよね?」

 母親は不安そうに尋ねる。

 しかし、玲韻の答えは厳しいものだった。

「ごめん。今回が特別なだけで、もう二度と会えないの…」

 それを聞いた母親は再び涙ぐむ。そして母親は意外な事を言い始めた。

「でも、会えないけど、明子ちゃんはそこにいるんだってお母さん信じていてもいいよね?お母さん、毎日仏壇にお供えするから。だから、たまにでいいから帰ってきてほしいの!」

 これには流石の青里も驚いたようで、玲韻と二人、顔を見合わせる。

「まぁ、気が向いたらね。」

 玲韻は、気のない素振りでそっぽを向くが、それが素振りだけだという事がバレバレで、なんとも青里からすれば微笑ましい光景だった。

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