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第4話 青里の地獄

「…お墓?」

 こんなところに、一体何の用事があるというのだろうか。

「そろそろですね。」

 遅れてやってきた青里が意味深長な言葉を投げかける。

 と、そこへ墓地に向かって歩いてくる人影が見えた。

 黒い服に身を包んだ女性と、その子供らしき人影だ。

 女性の手には花束が見えた。

 玲韻達が見ている角の二つ手前の墓石の前でその女性は足を止めた。

 そして丁寧に墓参りをすると、やがて帰っていく。

 現世ではそんなに珍しくもないその光景を、青里だけが表情を消し、ただ一心に眺めていた。

「…青里さん?」

 墓参りの景色とは裏腹に、珍しく真剣な様子の青里に玲韻は声をかける。

「二十五回目です。」

 青里は、少し寂しげに笑うとそう呟いた。

「え?」

 玲韻はそれが何の事なのか最初はわからなかった。

「この日にこの場所で、彼女の姿を見るのは、二十五回目なんですよ。」

 それを聞いて、玲韻は理解した。あれは青里の墓で、彼が死んでから今日で二十五年が経つのだと。

「え…じゃあ。あれって奥さんとお子さんですか?」

 普通はそう考えるだろう。しかし、それを聞いた青里は盛大に吹き出す。

「っくくく。玲韻さんもたまには面白い事言いますね。」

 余程面白かったのか、まだくつくつと笑い続ける青里に、玲韻は恥ずかしさを隠す様に語気を荒げて問う。

「いやいや、普通そう思いますよ!ていうかそれならあれ誰!?」

 その瞬間、青里は笑うのをピタリとやめて、静かに語り出す。

「元、婚約者、ですかね?」

 先程まで笑っていたのが嘘のように、今の青里には静まり返った湖面のような表情しかなかった。

「いつも、感謝していると一言言いたくて、ここまで来るのですがね。私には、彼女にお礼を言う事ができないのです。」

 玲韻は規律を思い出す。

「知り合いだから?」

 青里は正解です、と言いながら少しだけ笑みを作った。

「じゃあ、あの権利を使えば…」

 魔法の権利だと青里は言った。たった一度だけ規律を覆せると。

 しかし、青里は首を横に振った。

「玲韻さん。私にはもうその権利は残っていないのです。私はたった一度きりの魔法を、人殺しの為に使ってしまったのですよ。」

 青里は未だ帰っていく彼女の背中を見送っていた。

「なんで、人を殺そうと思ったの?」

 玲韻は、自分の考えを見透かされたような青里の話に、敬語も忘れて訊いた。

 ふむ、と青里は一度頷き、話し始めた。己の地獄を―


 「当時私は会社員でした。そんなに大きくもないどこかの子会社でしたが、生活していける程度の収入はありました。将来を誓いあった女性もいて、順風満帆。まさにこれからという時でした。ところが私は会社の上層部が組織ぐるみで行っていた、親会社からの資金の横領が露見すると、その犯人に仕立て上げられました。一生かかっても払いきれない巨額の賠償を要求され、

 もちろんそんなお金、返す当ても道理もない。彼女にも迷惑をかけるわけにも行かず、別れを告げ、奇しくもその数ヶ月前に両親も事故で他界していました。私にはもう、最早何も残されませんでした。

 家族も、最愛の人も、仕事も、安定した生活も、何もかも。

 文字通りの絶望としか言い様がありませんでした。私に残された道は死ぬことだけでした。死んだ先が地獄でも、今この地獄よりはマシだと信じました。

 そして私は、自分で自分の首を切断したのです。」

 青里から繰り出される凄惨な過去に、玲韻は息を飲むことしかできなかった。

「それから先は玲韻さんも体験したように、私は気が付いたら『サイゴノセンタク』に保護されていました。そして一度きりの権利にはあまり興味を持たず、ただ普通に働ける事に喜びを感じて、仕事を始めました。

 ところが、知ってしまったのです。

 私が死んだ後も、私に全ての罪をなすりつけて、あんな絶望を味わわせた

 奴らが、のうのうと何食わぬ顔で金を分け合って、遊び暮らしているという事を。

 その時、初めて私は一度きりの権利に興味を持ちました。これを使って、

 奴らに己の愚かしさを味わわせ、私に見せた地獄を今度は私が見せてやろうと。」

 そこまで言い切って、ふう、と青里は一息つく。

「結果的に私の目論見は成功しました。上層部の三人が金を分け合っているところを狙ってそこに押し入り、姿を現しただけで全員パニックを起こし、

 ガラスを突き破って転落死した者、のけぞって出入り口の角に頭をぶつけて死んだ者、逃げ出したはいいが、階段で足を踏み外し、そのまま首の骨を

 折って死んだ者―

 私は天罰を下した気分になって、せいせいしました。

 ですが、それは所詮自己満足だったのだと後から気づきました。

 そして、それに気づかせてくれたのが彼女だったのです。」


 「彼女は私が死んだと報せを聞き、家族のない私の墓へ毎年来てくれるようになりました。

 私とは別れ、別の男性と結婚し、家庭を築いてなお、彼女は私の墓へ来るのをやめようとはしませんでした。それが生前酷い仕打ちを受けた私にとってどれ程有り難い事だったか…。

 私は己を恥じました。愚かな復讐ではなく、彼女に感謝を伝える為に

 あの権利はとっておくべきだったのだと。


 そして、もう一つ気付きました。私は自分一人を殺したつもりでいて、

 その実彼女に大きな傷を残してしまったのだと。

 もう私のことなど忘れて、幸せになってほしいのです。」

 じっと青里の話に耳を傾けていた玲韻だったが、不意に口を開く。

「青里さん、規律って、『知人』の前に現れてはいけないのでしょう?」

 玲韻の突然の質問に、青里は意図を理解できなかったが、そうです、と

 答えた。

 それを聞いた玲韻は、弾かれたように帰っていく彼女の背中を目がけて

 一直線に駆け出した。

「玲韻さん?何を…」

 青里が玲韻を制止しようとしたその時だった。

 玲韻の身体が、少しずつ具現化しはじめたのだ。

「!?」

 青里は驚きを隠せない。

 つい先程まで、指先すら具現化できていなかったはずだ。

 それなのに今、玲韻は全身を具現化させかけているのだ。

「はぁっはぁっ…あの、すみません!待って!!」

 青里の話を聞いているうちに、墓参りに来ていた女性達はだいぶ先へ行っていた。

「何か、ご用でしょうか?」

 女性がやわらかく問いかける。

「あの、いつも、ありがとうって!」

「え?」

 女性は流石に意味を理解しかねた様子だったが、玲韻はそれでも続ける。

「今でも貴女に感謝してるって!他に家族ができたのに、忘れずにいてくれて、いつも、ありがとうって言いたいけど言えなくて、でも二十五年もありがとうってずっと伝えたいんです!」

 玲韻は思い浮かぶことを途切れ途切れではあるが、青里の気持ちを伝えようと必死に彼女に言葉の全部をぶつける。

 そして、それは女性にとっては充分な言葉だったようで、いつの間にか

 彼女の目には涙が溢れていた。

「見てて…くれてたんですね。」

 玲韻はこくりと頷いた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。あの時、私がせめて支えになってあげていれば…」

 彼女から溢れた言葉は、青里への謝罪だった。

 それを聞いた玲韻は青里の言葉を借りて続ける。

「彼は貴女に感謝こそすれ、怨んでなどいません。新しい家族を持った今、

 自分の事など忘れて幸せになってほしいと…」

 彼女は涙こそ止まらないものの、微笑むと

「優しい人…変わっていないのね」

 そう言って顔を拭うと、再び玲韻の方へ向き直る。

 しかし、そこに玲韻の姿はなかった。

「あら…?」

 女性は狐につままれたような顔で目を瞬かせる。

 しかし、どこを見回しても先程までの少女の姿はなかった。

(夢…を見ていたのかしら?)

 仕方なく女性は道具をしまい終えた子供を連れて、家路につく。

 そして、その様子を二人の霊体が見守っていた。

「結構無茶しますね、玲韻さん。」

 やれやれと言った顔をした青里が少し嬉しそうにそう言葉をかける。

「だって、私はあの人の知人じゃないもの。」

 玲韻は言い訳をして、ぷいとそっぽを向く。

「…なんで。自分の事でもないのに、そんなに必死にならなくても良かったじゃないですか。」

 青里は確かに感謝を伝えたいとは言ったが、それは叶わぬ夢で、それは自分の過ち故の罰なのだと、ずっとそう思っていた。

「だって、お互いずっと思い合っているのに、お互いずっと悲しいままなのは嫌じゃない。だから…何かしたいと思ったの。」

 それを聞いた青里は、心の中で静かに決意を固める。

(玲韻さん…貴女は優しい人ですね。だからこそ、貴女には私と同じ道を辿って欲しくはない…今度は私が貴女を止めましょう。)

「あの女性、来年は来てくれないかもしれないけど、そしたら私が青里さんにお花を買ってあげる。」

 玲韻は照れながら青里にそう言った。

「ふふ…大丈夫ですよ。彼女が来ても来なくても、私には嬉しい報せなのですからね。」

 そして最後に青里は静かに玲韻に告げた。

「…ありがとうございます。」

 と。

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