第2話 玲韻
―目を覚ますとそこは病院のようだった。
少女は不安を覚えた。
「もしかして私、失敗したの…!?」
思わず誰にともなく問いかける。
だが、意外にも答えはすぐに返ってきた。
「いーえいえ。貴女はこの度無事に死に遂げられたのです。おめでとうございます。」
目覚めたばかりで気が付かなかったのだが、室内には男が一人立っていた。
言っている内容とはおおよそ似つかわしくない明るい声で続ける。
「申し遅れました。私は青里。今日から貴女の研修を担当致します。」
青里と名乗った男は、にこやかというより慇懃無礼な笑みを崩さず告げる。
「は?研修?私死んだんでしょ?ならここはどこよ?」
少女の最もな質問に、青里はよくぞ聞いてくれましたとばかりに頷いた。
「ふふ…ようこそ『サイゴノセンタク』へ。おや?まさか死んだからって全てがなくなって、楽になれるなんて、そんな幻想信じてないですよね?」
青里はとても愉快そうに語り続ける。
「最後の選択…?って何?」
「今日から貴女が所属する組織の名前ですよ。」
「はぁ、それで。その組織は何するところなの?」
「我々の役目は3つあります。一つは自殺しようとする人々を救う事。
自殺しようとする者を最期の選択に導くべく、最後の宣託を行います。組織名の由来ですね。二つ目は…貴女のように、止められなかった人を迎え入れること。そして最後に、怨霊を討伐する事です。」
突拍子もない話だが、先程までと打って変わって青里にふざけている様子はない。
だが―
「それ、私に何の得があんの?」
少女にそう投げかけられた青里は、目を白黒させた。
「なるほど…メリットですか。二つあります。一つは自ら命を断った我々でも、また転生の輪に入る権利を得られるということ。そしてもう一つは、己の死を知る人間の前に、一度だけ姿を現す権利を得られるということです。」
「どういう事?」
「貴女は何か、伝え忘れた事はありませんか?もしくは、言いたくても言い出せなかった何か…。我々は死者です。本来ならもう二度と現世に生きる知人の前には姿を現してはいけないという禁止事項があります。この権利はそれをたった一度だけ覆せる魔法の権利なんですよ。」
「一度だけなの?」
「そうです。一度だけでも大変な事なのですよ。生と死とはそれ程に分け隔てられた世界なのです。ただし、どう使うかは貴女次第ですがね。」
「私…次第…」
そう呟くと少女の顔は険しいものへと変わった。
(私のこと、本当はどう思っていたのかを吐かせる。返答次第では…)
殺す。
それが少女が抱いた感情だった。
それを見ていた青里が声をかける。
「で。どうします?やります?仕事。やるなら、研修担当しますけど。」
そう言ってまたにっこりと笑みを作る。
「…やるわ。」
少女はそうはっきりと答えた。
「…そうですか。では、今日はもう遅いので、明日から始めましょう。今日はゆっくりとおやすみなさい。」
そうだ、最後に。と青里は付け加える。
「今日から貴女の事は玲韻さんと呼ばせていただきます。それとも、死を覚悟した程の過去を引きずりますか?明子さん?」
「やめて!私は…玲韻になる。」
わかりました、と青里は肩越しに頷き、部屋を出た。
「…。」
後ろ手にドアを閉め、青里は一考する。
(危ういですね…あれは、復讐を望む者の目だった。)
「似て…いますね。」
誰もいない廊下でそう呟くと、青里はクスリと笑ってから歩き出した。
「忙しくなりそうです。」
薄暗い廊下に青里の歩く革靴のコツコツという音だけが響いていた。