7 あっ、そうだ? アンタのカナリンにさ、この白濁したマッコリでも、ぶっかけてあげよっか?
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ここで、屋台へと場面は戻る。
「ふーん……」
話をひととおり聞いて、キム・テヤンが唸った。
「――ていう感じで、マーさんたちと、いっしょに調べてたんだ」
とは、ドン・ヨンファ。
「しかし、結晶華、か……」
仮にもこのSPY探偵団のリーダーでもあるカン・ロウンが、今回の事件のキーワードともいえる言葉を、何か意味深そうに口にしてみた。
「うん、冷たい結晶華」
「ったく、何だよ、アイスみてぇに。じゃあ、温かい結晶華とかでもあんのかってんだよ」
言いながら、キム・テヤンがオデンを取り出し、適当に配ってやる。
それとともに、皆マッコリを手にしつつ、
「しかし、その結晶華というのは、いったい? どうやって作っているんだろうな?」
と、カン・ロウンが単純にして、なおかつ、この事件における最も大きな謎のひとつを問いかけた。
「うん。そこが、フロリストと呼ばれる犯人と並んで、この事件の謎みたいなんだよね」
「何だ? 結晶っていうからには、何かラボとかで作られているんじゃねぇのか?」
「それが、マーさんたちに聞いても、専門家にも協力してもらってみたいなんだけど、どうやって作られているか、今までのケースを調査してもまったく分からないんみたいなんだ」
と、ドン・ヨンファが、間に疑問を挟んだキム・テヤンに答えつつ、
「それに、中には、フッ化水素で作られた結晶華もあったみたいでね。本当に、いったいどうやって? その結晶華というのを作って、なおかつ、結晶が崩れないように維持しているのか――?」
と、言葉を継ぐ一呼吸の間に、
「……」
「……」
「……」
と、三人の注目が集まる中、
「――皆目、見当がつかないみたいなんだ」
と、ドン・ヨンファが、いったん言葉を結んだ。
ちなみに、このフッ化水素の結晶華のケースでは、ご丁寧にも、“フロリスト”が遺体の周りに危険看板を――、毒劇物の危険を知らせる看板を設けてくれていたようで、二次的な被害者は出なかったとのこと。
ただ、フッ化水素などという危険極まりないものまで用いられたこと、そして、そんな危険なものを用いて結晶華を作り、さらにアレンジメントまでしたしたのか?
ますます、フロリストと呼ばれる犯人への謎が深まるばかりだった。
「ちなみに、お前だけは触れるな。その、フッ化水素の結晶華ってヤツを」
「は? 何よ? その、括弧パク・ソユンを除くみたいな」
と、キム・テヤンがパク・ソユンを茶化した。
ちなみに、そのとおりで、このパク・ソユンには過去の事件の中で身につけたとでもいうべきか、毒劇物への耐性があるという……
またそこへ、
「そう言えば、だが……、その、冷たい――、低温を維持するのも、どうやっているんだ?」
と、カン・ロウンが皆に問いかける。
「まさか、ドライアイスを用いているとかじゃねぇよな?」
と、キム・テヤンが付け加えつつ。
「まあ、事件のケースによって違うみたいなんだけど、ドライアイスも用いられているみたいだね」
「はぁ、」
「だけど、“それ”も――、どうやって、低温のまま、結晶華の構造を保っているのかも……、よく、分からない、らしい」
「よく分からない、とは……? まるで、エントロピーの法則に逆らうようなことでもしているのか?」
と、カン・ロウンが尋ねる。
「うん、そうなんだ。まるで、SFに出てくる力のようにして、自己組織化されたようなものとも――」
「けっ、何がSFだってんだ」
と、キム・テヤンが舌打ちするのを傍らに、
「自己組織化される、冷たい結晶華、か――」
と、カン・ロウンが改めて言葉にした。
「ああ”?」
怪訝な顔をするキム・テヤンに、カン・ロウンはさらに続けて、
「そして、この、フロリストという犯人は、“それ”にどのような意図や、メッセージを込めているのか――?」
「……」
「……」
と、パク・ソユンとドン・ヨンファも、無言で注目する中、
「そもそも、女性を作品にする、目的は?」
カン・ロウンはひととおりの、核心となる疑問を出し切った。
それを聞いて、
「ねえ? いずれにしても、さ? これ? 調べてみない?」
ふと、パク・ソユンが思いついたように言った。
「あん? 調べる、だと?」
と、反応するキム・テヤンに、
「うん。だって、さ? 最近、これといって調査することなかったじゃん」
「まあ、言われてみればそうだね。君たちが、確か、日本で、黄色い壁だったか――? それを、調べた以来だからな」
「ああ? あったね、そんなこと」
と、パク・ソユンとカン・ロウンは思い出して振り返る。
黄色の壁――
日本の、東京の都心、市中の山居とでもいうべきか、林立する超高層ビルに囲まれた“露地”の中にある、数寄屋というか庵の壁のこと。
まるでゴッホ作品のように揺らめく黄色の壁に、訪れた人が神隠し的に消失する、もしくは狂ってしまうことでも、こちらの世界に戻って来れなくなるという、胡散くさくも奇妙な噂があった
それを、東京に滞在していたパク・ソユンとドン・ヨンファのふたりが、ひょんなことから調べることになったわけである。
そこでの体験は確かに、それなりに不可思議かつ、命を危ぶまれるものだったのだが……
そう、思い出していると、
「結晶華事件、か……。今後も、また犯行は続くんだろうな」
と、キム・テヤンは考えるように言いつつ、
「どうするよ? 調べてみるか? ロウン」
と、いちおうはリーダーこと、カン・ロウンへと振って、最終的な決定を任せた。
すると、そのカン・ロウンは、しばらく「う~む」などと唸って考えると思いきや、
「うん。いいんじゃないか」
と、返って来たのは即答だった。
「ああ”? 何だよ、ばかに軽い返事しやがって。もう少し、考えやがれってんだよ」
「まあ、いいじゃないか。時間をかけようが、かけなかろうが、調査決定なのは確定なんだから。それに、いまは調査対象というべきものが、これしかないからね」
「ったく、その調査対象ってのを、もうちょい積極的に探したらどうなんだよ。まあ、いいけどよう」
やれやれと、キム・テヤンが言いながら、
「じゃあ、決定ね」
「ああ」
と、パク・ソユンがカン・ロウンに確認した。
これで、暇を持て余していた有閑な四人組に、いちおう使命的なものができたといもえる。
そうしつつ、
「んで、決定はいいけどよう……? どうせ、また、お前が狙われる――みたいなパターンになったりすんじゃねぇのか?」
と、キム・テヤンが言って、パク・ソユンを指した。
「はぁ、」
パク・ソユンが、気の抜けた相槌で反応する。
この前の『茶会事件』のこと、また、続く『トランス島』での事件や、直近の『黄色の壁』の庵の件――
茶会以外は、自分とドン・ヨンファのふたりが当事者だったが、ある意味自分がターゲットになっていたには違いない。
「まあ、別に……、もし、そうなればさ? その時は、私が囮になったげるわよ」
パク・ソユンがマッコリを手にしつつ、先のキム・テヤンの言葉に答える、
「囮って、なぁ」
「そうだ。また、さんざんな目に遭わないでくれよ」
おいおいとつっこみたげなキム・テヤンと、カン・ロウンが心配するような様子で言った。
「そう? そんな、さんざんな目にあったけ?」
「「いや、遭ってきたほうだろ」でしょ」
ここで、キム・テヤンとドン・ヨンファの言葉が重なった。
「まあ、ギンピギンピの茶やフッ酸を飲まされたり、首輪爆弾を爆発させられたりってのは、充分さんざんな目に入るだろうね」
と、カン・ロウンが補足した。
そのように話しているうちに、そろそろ箸が止まる。
空になりかけた器と、酒の残ったグラス。
「はぁ……、そろそろ、帰ろっかな」
パク・ソユンが言い、
「あっ、そうだね……? 僕も、帰ろっかな」
と、ドン・ヨンファも続く。
「けっ、何が、僕も帰ろっかなだ。 ちなみに、また今日も車で来たんだろ?」
「うん。あそこに停めた、ロールスロイスの」
キム・テヤンに、ドン・ヨンファが近くの駐車場に停めているロールスロイスのカリナンを指さした。
それも、美しくも気品のある淑女のような、赤と白のツートンカラーの。
「けっ、何がロールスロイスだ? てめぇにゃ、ロールケーキかロールキャベツでたくさんだってんだ。厭味みたいに、近くの駐車場に停めやがって」
「そうよ、わざわざ見えるところに停めて、厭味なの? あっ、そうだ? アンタのカナリンにさ、この白濁したマッコリでも、ぶっかけてあげよっか?」
「おい、やめてくれって。しかも、何だよ? カナリンって? 日本人の女の子のあだ名じゃないか」