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【07】 冷たい結晶華   作者: 石田ヨネ
第三章 ラブ・レター
13/28

13 人体の生命体の免疫機構だったりのようにまで複雑でなくていいけど、少なくとも、3Dプリンターを動かす程度には、高級な情報を備えたエネルギー



「まあ、話を戻すと……、方法論の違いやセンスの違い、エロ・グロとかのアンモラルが許容されているかの違いこそあれど、文明としてやってるいることは一緒じゃないかな? 資本主義も、社会主義も?」

「ああ、エロ・グロと堕落は重要よ!」

「――!」

 と、パク・ソユンの強調に、ドン・ヨンファがビクッ――! となる。

「冷戦で、ソ連側が負けたのは、たぶん、エログロのアンモラルがあまり許されなかったからよ。わりといいかげんに計画経済してたくせに、禁欲的な建前だけは融通が利かないという」

「う、うん……、そうだね」

 と、ドン・ヨンファが再び話を戻して、

「まあ、そんな風にして、我々は利己的に、かつ全体的に“殻”なるものを築くわけさ――。まるで、収斂進化のように」

「ああ? それで、人類は進歩して、ついに人類は電脳という“殻”を手に入れ、人体という“制約”から解放される。ゴースト・イン・〇・シェル――、“甲殻”機動隊の夢ね」

「何だい? その、ロブスターとか、蟹とか出てきそうな」

「甲殻アレルギーには、気をつけて――」

 と、パク・ソユンがピシッ……と指をキメて、謎トークは終わる。


   ーーー


※『トランス島奇譚』より






     ***     


 いっぽう、場面は変わって。

 時間は少し進んで、昼過ぎのことになる。

 カナリン――ではなくて、ロールスロイスのカリナンに乗って、ドン・ヨンファは仕事をしているように見せかけつつ、今回の結晶華事件について調べていた。

 まあ、財閥のボンボンであり、遊び半分で実業家をやっているようなものだから、真面目に仕事をする必要が無いといえば無いのだが。

 なお、そのドン・ヨンファは今回は運転席ではなく、助手席に座っていた。

 運転するのは秘書っぽいインテリ・メガネをかけた若い女、実際に秘書を務めるヨヌであった。

 昨夜の、酔いが少し残っているのと、パク・ソユンと“致した”こともあって、若干の寝不足からか、運転を頼んでいるという。

「はぁ……、さっぱり、だったね」

 ドン・ヨンファが、ため息とともに振り返る。

「ですね」

 ヨヌが、同意する。

 午前中、装花関係だったり、あるいは科学研究所に務める友人・知人に、ドン・ヨンファは聞きとりを行っていた。

 そのうちの、研究所でのこと。

 振り返ると、こうである――


 来たるシンギュラリティに向けた、ナノマシンだったり、物質の自己組織化を研究しているらしく、そのリーダーのひとりはドン・ヨンファと、大学時代からの仲だった。

 両サイドがボサッと跳ねがった髪に、丸メガネの男。

 その知人が話すには、

「この、結晶華というのはね、実は我々にとっても、工学界にとっても驚くべきものなんだよ、ヨンファ」

「へぇ、」

「これまでの結晶華の、その、結晶の中にはね、化学的に不安定なものがあるんだけどね? どうやって、その構造を保っているのかが分からない」

「化学的に、不安定な構造を保って、だと?」

「ああ。通常だったら、不安定になって、すぐに変化して結晶が崩れてしまうんだけどね? 何故か、そうはならず、それなりに長い期間、その結晶構造を安定して保っているというね」

「それは、何かエネルギーを加えているとか、ですか?」

 とは、ヨヌ。

「うん。確かに、エネルギーを外部から加えると、確かに結晶の構造を維持できなくはない。まあ、とはいっても、緻密で繊細な結晶だからね、どんな形のエネルギーでもいいってわけじゃない。」

「エネルギーの形……? ああ、エントロピーの低い、とかいうヤツかい? エネルギーをただ与えるだけだったら、ドライヤーで、ファーンってやるだけでもいいからね」

「そう、さすがだ、ヨンファ。まあ、我々、人体の生命体の免疫機構だったりのようにまで複雑でなくていいけど、少なくとも、3Dプリンターを動かす程度には、高級な情報を備えたエネルギーである必要がある……、すなわち、エネルギーの受けての“物質”のほうも、ある程度のインテリジェンスを以って、並んでくれないと困るって話になるね」

「すると、その結晶華ってのは……、何か、自己組織化するような結晶、物質ってことかい?」

 と、ドン・ヨンファが核心のところを問う。

「まあ、そういうことに、なるね」

 友人が、答える。

 また、同時に続けて、

「ただし、ね? 結晶華について、謎なところが多いように話したけど、中には、ありふれた化合物を用いたものもあるんだ。我々が、研究室で、比較的に簡単に作れる程度の」

「ということは、この研究室や、同等のレベルの研究室作れるということですか?」

 と、ヨヌが聞いて、

「いや、――“というわけ”にはならないだな、これが」

「へ?」

 と、ポカンとすると、

「一見すると、同じ組成、構造に見える物質でもね、何故か? その、フロリストだったかな――? が、作る結晶華っていうのは、すごく安定しているし……、まるで、各々の分子だったり、その塊がね、インテリジェンスを備えたナノマシンのように振舞って自己組織化し、何ていうのかな? まるで活け花の如く、各々を保っているようにも、見えるんだね。それが、どのようにして実現されているのか? 今のところ、我々や、工学界も、よく分からないんだな」

 と、ドン・ヨンファ友人は答える。

「でも? いずれにしろ、何らかのエネルギーが加えられているんだよね? まさか、何か、常温核融合とかでも使っているのかい? SFみたいに」

 ここで、ドン・ヨンファが『常温核融合』との、一時期オカルト気味なスキャンダルのあった単語を出す。

 なお、現在ではそこそこそれなりに、まともにも研究されているようであるが。

 その、ドン・ヨンファの言葉を聞いて

「……かも、ね」

 と、科学者友人は苦笑しつつ、

「それとも? 我々の想像もつかぬ方法で、異次元の異世界というべきかな? それらと、“現在の我々の科学では観測不能な情報”でも、やりとりしていているのか……? そうすると、“こちらのエネルギー収支の帳簿”には、その痕跡は現れないからね。ただ、そうなると、まるでSFだったり、映画やアニメの世界のような話になるけどね……。まあ? とは言いながらも、君たちは、“そんな事件”をいくつか調べてきたんだろ? 我々の科学では説明できない、異能力だったり、奇妙な事案を相手にした」

 と、聞いた。

「まあ、ね……」

 ドン・ヨンファは、それだけ答える。

 この友人も、ドン・ヨンファやパク・ソユンたち、SPY探偵団の事情も、多少は知っているようだった。

 また、

「ただ、ね? その結晶華の作品――っていうのは、少し不謹慎かもしれないが、ドライアイスや、冷却機械を用いているというの、面白いね」

 と、友人が言う。

 そのとおりで、現場・作品には、ドライアイスであったり、冷却用の機械・装置も用いられているという。 

「その、何故、冷やす必要があるんですか、ね?」

 ヨヌが、恐る恐る質問する。

「まあ、単純に、結晶が安定するためだろうね」

 友人は答えつつ、続けて、

「それに、雪の結晶のようにね? 冷たい結晶華のほうが、何か、神秘的じゃないかな?」

「は、ぁ」

「神秘的、ねぇ」

「確率仕掛けの神々の創った世界の、エントロピーの矢に逆らうかのような結晶……。無情なエントロピーの境界の、消えるか消えないというところでね、己を美しくも保とうとする――」

「……」

「……」

 と、ふたりが注目する中、

「その、花にも似た儚さというべき美しさはね――、冷たさの中にこそ、あるからじゃないかな」

 と、友人は言った。

 またそこへ、

「ところで、さ? そんな、結晶華みたいな、自己組織化する物質は実現できないと、君は言ってたけど……、実は、可能だとか――、ないよね? 秘密裏に?」

 と、ドン・ヨンファが、改めて聞いてみた。

「……」

 友人は、何か意味深そうに沈黙しながらも、

「さあ、ね? まあ、その可能性も、僕が君に嘘をついている可能性も、無くもないかもね」

 と、イタズラそうな顔で言った。

「嘘を、ついてるねぇ……。できたら、嘘はついてほしくないかなぁ、友人的に」

 ドン・ヨンファが言うと、

「まあ、そうだよね。でも、悲しいかな? これまでの歴史を見るに、世は、おおむね嘘と悪意でできていると言わざるを得ないからね。その悪意と、悪意がおすそ分けした善意で以って、科学と社会が発展してきたんだからね――」


 ――と、ここまでが思い起こすところである。

「しかし、この、結晶華ひとつとっても、謎は多いなぁ」

 助手席の、ドン・ヨンファが呟いた。

 まあ、その『結晶華』が謎の中心だろうがという話だが。

「そんな結晶華をつくり、さらに作品と出来るのは、いったいどんな存在なんでしょうね?」

 と、ヨヌが受け答えた。

 そのようにモヤモヤを抱えつつ、次の場所へとカナリン――否、カリナンを走らせた。

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