11 ガチャピンのような目で
桜が散ってしまうなんて悲しいし、月だって山の端に沈んでしまう。そんなあてにならない自然より、いつになっても変わらないのは色の道である。
**『好色一代男』(井原西鶴(中嶋隆、訳))より
(1)
翌朝、午前のこと。
事務所に入るなり、
「ちょっと! ソユン!」
「おいおい、ソユン!」
と、ゴーグル・サングラスたちが慌てたようにパク・ソユンに詰めかけてきた。
「ぽよ?」
寝ぼけまなこの、某黄緑のガチャピンのような目で反応するパク・ソユンに、
「いや、ぽよじゃなくて――!」
「そうよ! 何!? この、夜中のポストは――!?」
と、仕事仲間のふたりは、夜中にSNSに投稿したものを突きつけて見せる。
「うん? これが、どうしたぽよ?」
「どうしたぽよ、じゃないよ……」
「絶対、飲んでたよね? こんな、ふざけたポスト」
「いや、だから、絶対お酒はやめたっていってるじゃん? それに、ふざけているようでふざけてないかもしれないし、ふざけてないようでふざけているかもしれないって」
「「いや、いい加減にしろ! 絶対飲んでる以外にないだろ、こんな投稿! それに、ふざけているようだったら、たいてい、ふざけているんだよ! 人間ってのは!」」
と、ゴーグルサングラスたちは、パク・ソユンに直球でつっこんだ。
ただ、つっこむも、暖簾に腕押しで、
「まあ、別にいいじゃない。これで、もし、犯人の、フロリストだっけ――? が、何らかの動きをしてくれたら、さ? もしかすると、逮捕できるきっかけになるかもじゃん」
「なるかもじゃん、って、」
「君が、何か、探偵サークルみたいなことをしてるのは分かるけどさ、もう少し、慎重に、自分の身を大事にしてくれよ」
「うん。分かったー」
「「いや、絶対分かってないでしょ、それ」」
と、ケロッとして言うパク・ソユンを、ふたりはつっこみながらも、一応は心配する。
ただ、そんなふたりの心配はお構いなしに、
「けど、今回のガイシャのつながりで、何かない?」
「何の、『けど』よ?」
女のほうが、つっこみながらも、
「さあ、な? 美容インフルエンサーたって、そこまで、有名な子じゃなさそうだしな」
と、ゴーグルサングラスが答えつつ、被害者のプロフィールを見せてくる。
それによると、いわゆる美容系インフルエンサーという類の、20代の女ということは分かる。
「ただ、フォロワーの数は、お世辞にも多くはないな」
「はぁ、」
「何か、事務所に所属していたり、プロモートしてくれている人が特別にいるわけでもなさそうだ」
「まあ、無名ゆえに、何か、悪意を持った者がアプローチをしかけてくることも考えられるかもしれないわね」
と、ゴーグルに続いて、女が言う。
また、ゴーグルも続けて、
「それに、これまでの犯行が行われたのは、国内だけでないんだろ?」
「ぽよ」
「日本に、中国、欧米でも、犯行は行われているみたいね」
「韓国内だけであれば、“そうした異常者”がいないかどうか、もう少しラクに調べられるだろうし……、犯人につながるものも、少しは得られるんだろうけどな。まったく、フラフラした、気まぐれで実体のつかめないヤツだな。その、フロリストってのは」
「もしかすると、ワンチャン、ワンナイト的に、作品にするターゲットをナンパでをつかまえた説を考えている」
とは、パク・ソユン。
昨夜、ドン・ヨンファと話したのと同じ仮説である。
「はぁ?」
「ナンパだって?」
ふたりが、怪訝な顔をして、
「何か、綺麗な、結晶華をつくったフロリストのイメージが変わるわね」
「まあ、フロリストっていっても、ただの犯罪者なんだけどね」
などと話していると、
「お~い。何か、ソユンに手紙が届いてんだけど」
と、事務所の別のスタッフの男が入ってきた。
「いや、手紙くらい、ちょこちょこ届くだろう」
ゴーグルサングラスが受け取る。
この、電子のご時世であるが、いちおうファンレター的なものもちょこちょこ届いているようだった。
しかし、それを見てみるに、
「うん――?」
「これは――!?」
と、ふたりが驚いたこと――
ファンレターのお洒落な封筒であるが、その封蠟のところには件の、雪のように美しい結晶華が添えられていた。
「何、これ……」
女が、怪しそうな顔をし、
「もしかして、その、フロリストからの、ラブレターってヤツか?」
と、ゴーグルサングラスが言う。
「はぁ、」
パク・ソユンが気だるそうに相づちしつつ、おもむろに開けてみる。
その内容は、次のようだった。
はじめまして、ジグソウ・プリンセス♪
貴女の投稿、面白かったですよ♪
そうですね、もし、貴女を私の作品にさせていただけるなら、とても嬉しいことですし、同じく、貴女が私をタイ~ホしようとするのも、とても興味があります。
つきましては、一度、お会いしてみませんか?
フロリストより――