重力魔法
「あ、フィニ。終わった?」
「はい、無事終わりましたよ。って、何してるんですか?」
作戦の詳細を説明したところで屋敷の中に戻り主様の部屋を覗きにきた。
「ん?見ての通り読書だけど」
「そこではなくてですね……なぜコウモリのように逆さまで本を読まれているのですか?」
「あー、そこ」
ひょいっと逆さまの状態から普通の状態に戻る。
「なんか魔法学の本を読んでたら重力魔法っていうのがあって試してみたの。そしたら床が天井になって、天井が床になったってわけよ」
むふー、とドヤ顔で状況を伝えてくる。
「そんなにドヤ顔にならなくてもいいですよ。ところでその重力魔法というのはどのようなことに使えるのですか?」
「お、フィニも魔法に興味が湧いてきたのかな?」
「勘違いしないでください。私はただ重力魔法の効果を知りたいだけです」
きっぱりと断言しておく。そうしないと主様の思考が変な方向に飛びかねない。
「はいはい。重力魔法は自身と対象どちらにもかけることのできる魔法で、その効果は重力の『向き』を変えたり『量』を変えたりすることができる。原理は多分……空間の質量を変えてるんじゃないかな?」
「というと?」
「これは私の憶測なんだけど、重力の量を変えるにはその空間を圧縮したり分散させることでできるんじゃないかと思う。重力っていうのはある空間に一定の力がかかっていることだからそれを圧縮させれば力も一点に集中するでしょ?だから重力魔法は重力の量を変えることができる」
「つまり重力魔法は空間魔法の応用だと?」
「そう。だから悪用しようと思えばいくらでも悪用できる気がするねぇ…」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、こちらを見てくる。
「ねえフィニ、実験台になってくれるかな?」
なんだか嫌な予感がする。
「な、内容にもよりますが基本はノーとさせていただきます」
「なに、そんなサディスティックなことじゃないよ。ただ単にフィニに重力魔法をかけてどのくらい運動能力に差が出るのか調べたいだけ」
「それぐらいならまあ……いいですけど」
「ありがとう!じゃあ早速、お庭に出て試そうねえー」
そう言って私の腕をがっしり掴み庭に連れ出そうとする。抵抗しようと思えば抵抗できるが、別に拒否するものでもないので流れに身を任せて庭に出ることにした。
そして庭の真ん中あたりでようやく解放される。屋敷の2階からかなりの距離があったので連れ出されるというのは不思議な感覚だ。
「運動能力の測定といってもどのようなことをするのですか?」
「うーん。走る、とか?」
「まさかノープランだったなんて言わないでくださいよ」
「聞くけどフィニはどんな行動を測定すればいいと思う?」
「そうですね……ひとつお聞きしておきますが、主様は重力魔法がどのような影響を及ぼすのか知りたいのであって、具体的な数値は求めなくてもよろしいのでしょう?」
「うん」
「では単純に私に重力魔法を3段階ずつでかけてみてください。正負共に、ですね」
「おっけー、わかった」
今の説明で伝わっているか怪しいがまあ大丈夫だろう。主様は頭がいいので。
一応説明するなら重力を重くする方向に3段階。重力を軽くする方向に3段階かけてほしいという意味だ。
「じゃあ始めるよ」
「わかりました」
主様は魔法発動の媒体となる杖を持って、その杖に魔力を込め始める。魔力は螺旋のように連なり、紫色の光を帯びながら杖の先にはまっている大きな水晶に集まっていく。
「<重力増加・下>」
その呪文詠唱と共に私の体が『若干』重くなり、体の動きが鈍くなるのを感じた。
「おお………」
「どう?なんか変化を感じる?」
「かなり違いますね。少し、と言ってもその些細な差が一つ一つの動作にかなり影響してきます」
試しに手をグーパーして見るが、やはりいつもより力がいるし、動作もゆっくりだ。
「軽く走ってみてくれる?」
「はい」
私はジョギング程度の速さで走ってみる。しかしいつもよりやはり遅く、体が思うように動かない。
「しかしこの程度の違いなら慣れるまでそう時間はかかりませんね」
現に、私はすでに普段通り走ることに成功している。これならナイフ捌きや格闘に対する影響は少ないだろう。
「ほんと?じゃあもうちょっと強めて見るね」
主様は杖をこちらに向けて込める魔力を段々と大きくする。それと共に私に対してのしかかってくる力も比例するように増えていく。
「これは……普通の戦闘なら負けてしまうかもしれませんね……」
それほどに体が重い。自分と同格の方と戦うならまず間違いなく負けるだろう。それほどに魔法が与えてくる影響は大きかった。
「ジャンプとかしてみて」
言われた通り足に力を込めてその場でジャンプをしてみる。しかしいくら頑張っても1メートルほどしか飛べない。
「え、フィニ。重力魔法かかってるよね?」
「かかってますが」
「じゃあなんでそんなに高く飛べるの…?」
驚いたような口調で聞いてくる。
「そんなに飛べていますか?私からすれば十分飛べてない部類に入るのですが」
「それはフィニの基準がおかしいんだよ……」
そうなのだろうか?いつも後輩への指導においては最低でも1メートルは助走なしで飛べるようにはしているし、この基準をクリアできなければ暗殺者師団にはなかなか入れない。
かくいう私は垂直跳びでは1メートル50センチは飛ぶことができる。調子がよければもっと。なので私が1メートルしか飛べないということは、主様がかけている重力魔法は普段より⒈5倍ほど重くするということだ。数値にしてみればあまり大したことはないが、いざかけられてみるとかなり重く感じる。
「主様、私にできる限りの重力をかけていただけますか?」
「できる限りって…!そんなことしたらフィニの骨とかがもたないよ」
「大丈夫ですよ、倍率にもよりますが…耐えられるはずです。仮に耐えられなかった場合、主様がすぐ解除すればいい話ですから」
少し前屈みになって頼み込む。
「わ、わかったよ……」
私の前のめりな姿勢に圧されたのか了承してくれる。
「でも、私が危険だと判断したら意地でも止めるからね。わかった?」
「もちろんです」
「じゃあ、行くよ」
先ほどまでと同じように主様は杖を掲げ、こちらに向けてくる。しかしそこに込められていく魔力は今までとは量も、質も違った。全てが上位互換であり、さっきの2発はまだ易しい方だったのだと改めてわかる。
危険度を体で判断し、それに応じてあらかじめ体勢を作っておく。
「<重力魔法・上>」
その言葉と共に魔法がこちらに飛んでくる。紫色のほわほわとした楕円状のエネルギーの塊がゆっくりと自分に向かってきて、通過していく。
通過し始めた矢先、自分の体が、世界が軋むような音がした。
自分の体全体に鉄球が何個も吊り下げられたような錯覚に陥り、立っているのが困難な状態だ。しかしそこをなんとか気合で食い繋ぎ、かろうじて立っていられる。
だが、段々と自分の体が地面に押さえつけられていく。自分の体が下がっているのもあるが、地面自体が凹んでいるのだ。
「フィニ……」
大丈夫です、と言いたかったが口が思うように開かない。……これはまずいかもしれない。最終手段として残しておいた<抵抗>の魔法を発動して少しだけ重力を弱めることに成功する。
「主様……止めていただけますか?」
その言葉を届けた瞬間、一気に自分の周りの重力がなくなっていくのを感じた。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
死ぬかと思った。
「フィニ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ご心配なく」
「その割にはかなりきてたっぽいけど……」
「そう……かもしれませんね。本当に何一つ身動きが取れませんでした。重力魔法……危険な魔法なので何か対策があればいいのですが……」
重力魔法という強力な魔法は言ってしまえば相手を状態異常に陥らせる魔法だ。なので<抵抗>などができればまだマシになるかもしれない。
「いや……でも心配しなくて大丈夫だと思うけどな」
「何故ですか?」
「だって、この魔法使えるの多分私ぐらいだもん」
「???」
理解が追いつかない。この魔法は、主様しか扱えない魔法なのか。
「私が遊びで空間魔法を派生させてたの。そしたら重力魔法に繋がるアイディアを思いついて、試したらそれが実現したってこと。だから……魔法書に書いてあったとかは嘘になる」
「はぁ…。嘘はつかないでくださいよ。私には」
「フィニ以外ならいいの?」
「別にいいですよ。できれば部下にも嘘はつかないでいただけると助かりますけど」
「ごめんね…」
わかりやすくしょんぼりしている。
「気にしないでください。これから気をつけていただければ十分ですから。ところで、重力魔法の軽くなるバージョン、試しませんか?」
「うん!わかった!」
垂直飛びの現在の世界記録は122cmです。