夜食
長いので前回の約束は許してくれませんかね…。
「………そろそろ行きますか」
主様達に声をかける。
「そうだね」
「お腹減ったー!早く食べないか?」
「はいはい。どうしますか。店に入るでもホテルに帰るでも、選択肢はいろいろありますよ」
「店行きたい。どこでも良いから」
「子供ですか。どこでも良いと言われましてもね…」
「うーん、せっかく冒険者と関わりがあったんだし冒険者ギルドの方の店に行ってみる?」
「冒険者ギルドですか…。強く生きたいというのなら止めませんが、あそこはあまり軍人には寛容じゃないですし、できれば別のとこがいいのですが」
「いいじゃんかー、最悪トラブルに遭ったら力で解決すればいいんだろ?」
「それは最終手段です。しかしまあ、いいですよ。武力衝突を容認するほど行きたいというのなら」
「じゃあ決まりだね」
※※※
「ここか。早速入ろうぜ」
来たのは冒険者ギルドの真隣にあるお店。中からはお酒の匂いが漂っており、この時点で嫌な予感しかしない。
「少し待ってください。中に入る前にいくつかルールを定めます」
「えー」
「不要なトラブルを避けるためですから我慢してください。1、自ら冒険者ではないと言いふらさないこと。2、声をかけられたら何も言わずに私が対応します。3、絶対に主様が王族だということを言わないこと。いいですね?」
「それだけなら……まあ大丈夫だ」
「私も」
「当然ながら、主様はお酒ダメですからね」
「え?」
「許しませんよ。お酒に弱いのに街中で飲ませるなんてリスキーなことは承知しませんからね。誘拐でもされたらほんっとうに困りますから」
「え?」
「ダメですよ?誤魔化されませんよ?」
「え?」
「………もういいです。お酒はダメ。飲むなら屋敷へ戻ってからです」
「……はーい」
「では入りましょうか」
そう言って私を先頭に店へと入っていった。私もこのような店はあまり入らないから少し緊張しており、警戒心は強くしている。とりあえず空いている席に座って、スペースを確保する。
席に着くと一度落ち着いて、周りを見渡してみる余裕ができた。テーブルの席は8つ、今は満席の状態だ。そしてやっぱりどこのテーブルにも木製のジョッキに並々と注がれたビールがあり、冒険者は全員こうなのか?と疑問に思う。
カウンターの方には5席分取られていて、店員は3人。カウンターはキッチンと隣接されているのでそこで料理が提供されている感じだ。
「さてと、何か頼みますか」
メニュー表を手に取り主様に渡す。
「えーと、私は……どれにしよう」
「決めてないんですか」
「だってレストランとかって普通コースで頼むじゃん。だからそれぞれ単品で頼むことないし」
主様の普通がおかしいな。コース料理が普通とかなかなかないと思いますけど。
「まあ少し高いぐらいの料理でいいんじゃないですか?ある程度品質も担保されていると思いますよ」
「確かに。じゃあこの肉料理にしようかな。何の肉かはわかんないけど」
「見せてください」
そう言って主様からメニュー表をもらう。
「ああ、グレイシアゴートですか。ゴートとついているので羊肉ですね」
「そのぐれいしあーごーと?っていうのはどんな動物なの?」
「主に寒い地域に生息する魔獣です。性格は温厚で群れる習性があり、臆病なので我々にはあまり近づかないです。魔獣ではありますがそこまで危険度は高くないですね。割とこの地域では有名な魔獣なので多くの人が一度は口にしたことがあるはずです」
「へー、羊肉か。食べてみようかな」
「じゃあ私も。ちょうど肉が食べたい気分だったんだ」
「では私はここら辺の野菜料理で。あまり羊肉は好きではありませんし」
「意外。フィニって好き嫌いあるんだ」
「ありますよ。私もただのエルフなんですから」
メニュー表を机の隅に置き、注文をするためにカウンターにいる獣人の店員の方を見る。すると向こうもこちらの視線に気がついたのか駆け足気味で駆け寄ってくれる。
「ご注文ですね」
「グレイシアゴートを2つとサラダを1つ」
「あ、あとビールも」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
そう言ってカウンターへ戻っていった。
「なあ、やっぱ冒険者って男が多いもんなのか?」
「まあ、そうですね。印象としてはやはり力が強い男性が戦闘の主軸となっている気がします。なぜですか?」
「それなら私たち女3人でこの店に入るのってかなり目立つんじゃないかって思ってな。フィニもメイド服だし、あんまり馴染めてる感じはしないよな」
「確かに。よく考えたらメイド服で来ることが1番舐めてるかもしれません」
「現に結構目立っているし。ちょくちょく視線を感じる」
「まあいずれこういう体験はしますよ。特に人間の国へと潜入捜査へ行ったときなんか視線が気になって仕方がなくて。かなり疲れたのを覚えています」
「フィニならその視線に耐えられなくて何人か殺ってそう」
「失礼な。事実ですから否定はしませんけど」
「事実なのかよ」
「ええ。あるでしょう?他人にムカつくことって」
「いやいくらなんでも殺しはしないだろ。特に人間の国でなんか」
「意外とバレないですし、仮に騎士団なんかに追われても2個ぐらいの小隊なら逆に壊滅させれますから意外となんとかなりますよ。リスクを負ってもいい時にはいいストレス発散方法です」
「そうして散っていった人間も可哀想と言えば可哀想」
「そうですか?けれど私が気配を消して街中を歩いているのにも関わらず私の存在を認知できるようなやつですよ?いずれ脅威になってもおかしくはないので芽を摘んだと言えば聞こえはいい………かもしれないです」
「最後自信無くなってんじゃねえか。…あ、そういうや視線で思い出した。カウンターのところにいるのって『虎の銀翼』のメンバーじゃねえか?」
「そう言われてみればそうかもしれないですね。特徴が一致しています」
「確かに。……『虎の銀翼』って何だっけ」
「え」
「昼間会った冒険者パーティーですよ。もう忘れたんですか」
「だってあんまり話してないしー、5時間前のことなんて覚えてなくない?」
「普通は、覚えてます。主様のように忘れてもいいことはすぐに切り捨てられることも大事ですけどね、せめてその日のことは覚えていましょうよ」
前にもいったような気がするが我々数百年の時を生きる長命種にとってストレス管理というのは非常に大切だ。ストレスを受ける要因は様々あるが、そのうちの1つは記憶だろう。記憶というのは脳に蓄積されたデータのこと。そのためすぐに要らないものを消去していかなければ脳には数百年分の記憶が溜まり続けてしまい、それは大きなストレスの要因となる。『トラウマ』というのも強いインパクトによって忘れることのできない記憶が根元にあるわけだし、注意して損はないことだ。
「まあ重要な作戦とかは覚えてるけどさ、『虎の銀翼』とか正直言って…ね?」
こくりと頷く。利用価値は無いに等しいとは感じるけども。そんなことを思いながら彼らの方を見ていると、こちらの視線に気がついたのか振り向いて目が合った。そしてリーダーであったはずの男が近づいてくる。名前は…シアンだったか。
「おう!視線は誰からと思えばさっきの軍人さんたちじゃねえか。先ほどは助けてくれてありがとうよ。感謝してる」
「いえ、もう礼は受け取りましたし必要ありませんよ」
「そっか。ところでなんであなた達がこんな冒険者が集まる店に来てんだ?飯を食う場所なら他にも腐るほどあるだろうに」
「それはね、偶にはこういう街のお店で食べてみたいなーって。私たちは基本決まった場所でしか食事しないし、なんなら野戦食のことも多い。なら街で食べれるなんていう珍しい機会、逃さない手は無いって思って」
「なるほどな。でもなんでここなんだ?さっきも言ったがただ街で食べるだけなら他もあるだろ」
「まあ私たちは軍人であり、また1人の生き物ですから。普段は絶対に入れない場所に惹きつけられるのが性というものです」
「つまり物珍しさと。なるほどな。あ、ちょっと待ってろ」
そう言って彼は座っていたカウンターの方へ戻り、椅子を取ってきた。それと同時に彼の仲間である『虎の銀翼』のメンバーも同じように椅子を持って私たちの机を囲むようにして座る。
「立ち話もあれなんでな。別に一緒しても構わないだろ?」
「ええ。構いませんよ。ところで、今後の予定はどうなっているのですか?」
「この先2週間ぐらいはアイスエッジに滞在する予定だ。幸いここは稼ぎがいいからな。ダンジョンに潜れば潜るほど収入も増える」
「もっと言えばまだ鉱石たちを換金しないほうがいいんだよね」
「ええ。王都の方がこの鉱石の需要は高いので高いレートで換金できるのですよ」
魔術師であるルーナとタンクであるガイアが付け足す。さっき会ったときは意識がなかったルーナだったが、今は回復していて何よりだ。
「では今は我慢の時なのですね。ちなみに、鉱石を換金したら大体どのぐらいになって返ってきますか?」
「そうだな…。仮に100グラム分の鉱石を換金すると、銀貨3枚って言ったところだ。もちろん品質や店にもよるが」
この世界の貨幣はすべての国で共通していて、それはアンドレ王国、人間の国に関係ないものだ。貨幣の種類は4種類。価値が低い順に銅貨、銀貨、金貨、白金貨だ。それぞれ10枚分で1つ上の貨幣1枚分の価値になる。なので、例えば銅貨10枚と言ったら銀貨1枚分だし、銀貨10枚と言ったら金貨1枚分だ。
銀貨3枚と言ったら鉱石の中ではかなり高レートだろう。普通は鉱石を換金しても銅貨7から8枚ぐらいにしかならない。そう考えると4倍ほど価値が高く、稼ぐには効率がいいだろう。けれどこのアイスエッジはぼちぼち物価が高いので一瞬で溶ける金額でもある。この店だって3人で金貨1枚と銀貨2枚使っている。そう考えるとやはりアイスエッジで暮らすのは現実的では無いな。
「そっか。やっぱ冒険者って稼げるの?」
「日にもよりますけどね。今日とかは結構稼ぎがいい方ですよ。回復ポーションを使ってしまった分を差し引いても、王都に比べて2倍は稼いでいます」
ガイアが答えた。
「いいなー、私も退職したら冒険者になろうかな」
「いや逃しませんからね?スフィア」
「パワハラじゃねえか」
「上官は私なので。戦闘でわからせても良いのですよ」
「ちょっと待て。スフィアさんはさっき一太刀で俺らがやられそうになった魔物を倒していたよな?そんなあなたがこのメイドより弱いのか?」
「ガイアさん。口の利き方には気をつけた方がいい。このメイドは凶暴だからな。悪く言うとボコボコにされるぞ」
「スフィア、私の印象を下げることを言わないでくれますか。申し遅れましたが私はフィニ。メイドでありこの隊の副官を務めております」
「ああ、よろしく」
「明言しておきますが、スフィアは私たち3人の中では1番弱いです。あと嘘つきなのであまり言葉を真に受けない方がいいですよ」
「そうなのか…」
とりあえずスフィアの立場を内外ともに分からせたところで話が区切れた。そしてタイミングを見計らっていたように料理が運ばれてきた。
「注文されたグレイシアゴートとサラダ、それにビールになります。また注文したかったら気軽に声をかけてくださいね」
獣人の子って全員明るくて親しみやすい性格の子が多いかもしれない。笑顔という言葉が1番似合う種族かも。
「ありがとうございます」
「…ところで話に戻るんだけど、軍人って普通はどこに住んでるの?」
暗殺者であるミナが質問してくる。やはり冒険者は軍人に関する関心が高い。…良くも悪くも。
「ああ……時にもよりますけど基本は宿舎ですよ。私たち3人も全員同じ宿舎に住んでいますから」
屋敷という言葉は避けて宿舎と濁しておく。
「そうだね。戦線へ移動する時とかは野宿だけど、そこら辺はあんま冒険者と変わんないんじゃないかな」
「かもな。俺らも王都からアイスエッジに来るときは何回か野宿したもんな。でも野宿って言ったら俺ら冒険者の方が慣れてると思うぜ。基本クエストは2〜3日はかかるから、その間は宿に泊まるでもなく野宿だからな」
「まあそれぞれの気質にもよるでしょう。ずっと最前線にいる軍人は年中野営ですし、冒険者の中でも採取クエストなど1日で終わるものばかり受注していれば野営の機会はないでしょう」
「つまり人によるってことか。あなた達は宿舎に泊まることが多いってことは交渉係とか連絡係ってとこか」
「軍人の仕事は機密事項なので言えませんが、まあそういう係も存在します」
「ここは竜鱗騎士団が治めている土地だから、知りたければ直接聞いてみ
ればいいんじゃないか?」
「彼らには悪いですが一介の冒険者が騎士団長に質問なんてできると思いますか?少しは頭を働かせてからしゃべってくださいよ」
「厳しい言葉だが事実だな。俺らみたいな別に有名でもねえ冒険者が、この世界で10番に入る強さをもつ竜人になんて会えるわけねえな」
「見る機会はあっても話すとなると難しいでしょうね」
その後も私たちはお互いに軍のことと冒険者のことを聞き合い、笑い合った。もちろん、時間が経てば経つほど酒というのはまわっていく。スフィアは酔い潰れて、『虎の銀翼』のメンバーもかなり滑舌が悪くなってきている。酒を飲んでいない私と主様だけは無事…というか冷静なのだが、それ以外のメンバーが荒れすぎている。
「なあなあスフィア。もっと飲もうぜ〜?」
「そうだなぁ〜。ビール2杯追加!」
ここ数十分はずっとこの調子だ。そろそろ帰らなければ明日の合同演習に支障をきたしてしまうのでスフィアをなんとかして引き剥がさなければならないのだが、どうしたものか。
「スフィア。帰りますよ」
「えー。まだ酒が足りん!もっとだ、もっと!」
「これは当分スフィアは禁酒しないとだね」
「ですね。業務の途中にこうなっては洒落になりません」
「スフィア。もうやめないと無理やり気絶させて連れて帰りますからね」
「待て待て。酒っていうのはな、長時間味わってこそなんだよ!」
「主様、やっていいですか?」
「骨、折れない程度にね」
「かしこまりました」
ボキッとスフィアの首に手刀を入れて気絶させる。持っていたビールの杯は私が空中で回収して机に置き、代金をおいて会計を済ませる。
「ご迷惑をおかけしました。ごちそうさまです」
「ごちそうさまでしたー」
「では主様、部屋に戻りましょうか」
私はスフィアを文字通りお姫様抱っこで持ち運びながら宿泊しているホテルへと戻った。




