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初対面


 私は表玄関の扉に手をかけてゆっくりと開いていく。


「第三軍軍団長が参られました」


 そう宣言し、あらかじめ用意しておいた台の隣に立つ。


 主様はゆっくりと扉から出てきてその台に登り庭全体を見渡す。


「まず初めに、君たちは第三軍に配属された以上私の命令に従ってもらう」


 主様が発したその言葉はごく当たり前の軍規則。だが、直接聞いてみるとかなり威圧的に聞こえる。


「そして私から最初に命令することは1つ、絶対に死ぬな。だが任務は必ず成功させろ」


「私はお前たち部下が血を流しその訃報を聞くことが1番嫌いだ。だが、任務も又絶対だ。まあ簡単な言葉に置き換えると、安全を優先しながら任務を進めろということだ。異論はあるか?」


 意外なことに、誰からも意見や言葉は発せられなかった。主様が言ったことは誰しもが抱える理想だ。そして理想というのは不可能に近いことから理想と言われる。理想を現実にしろ、というかなり無茶なものだ。

 


「異論がなければ具体的な任務を与えよう。我々第三軍の任務は至ってシンプルだ。敵を殺せ」


「そ、それは至って当たり前のことなのでは?」


 1人の死霊騎士が恐る恐る口を開く。


「詳細を言わなければそうなるな。だからもう少し説明を付け加えよう。お前たちに狩ってもらう敵は兵士ではない。人間の一般市民だ。それが最短で人間を絶滅させられるからな」


「しかし、それは掟に反するのでは…」


「掟?なんの掟だ?我々は一度でもこの戦いにおいて掟を定め、そして戦っていたか?」


「それは……」


「君の言う掟とは勝手な妄想によって生み出された虚構の掟にすぎない。そんなものを守ろうとは私は思わないな」


 正論…事実を突きつけられてなお反論する勇気はなかったようだ。少しうなだれるように下を向き地面をじっと見ていた。


「それで、君たちに殺してもらうのは人間の一般市民だと言ったがその具体的な方法。それはシンプルで人間の国の村を破壊するだけだ。基本は栄えた都市から離れた田舎を狙い、時に中規模の村を使えなくする。これだけだ。潜伏することぐらい、君たちならできると信じている」


「……1つ、お伺いしてよろしいでしょうか」


「許可する」


「あなた様の言っていることは理解できます。ですが今言ったような作戦を続けてはいつか人間側に対策を取られるのでは?」


「ああ。だがその対策に我々が何もしないとでも?私からすれば、脳の働かない人形を狩るよりも頭の働く猛獣を狩った方が圧倒的に楽しい」


「具体的な対策を述べるなら、一定の範囲の村ばかりを狩るのはあまり良くない。限られた範囲で狩りをしていると獲物が逃げてしまったり、適応してしまうからな。だから足を使ってできる限り広範囲に薄く攻撃を仕掛けるんだ。もちろん移動に多少時間が掛かりはすると思うが、長期的に見れば多くの人間を短期的に殺せる」


「……とまあ、ここまで基本プランを話してきたが、私は別に君たちに汚名を着せようなんて思っていない」


「君らは芯を持った騎士であったり、それなりの誇りを持つべき者が大半だ。そんな部下たちに汚名を着せるわけにはいかないからな。『私』が、第三軍軍団長として全ての汚名を引き受けよう。それが上に立つものとしての責任だし、そこから逃げるつもりはない。だから、君たちはただ軍命に従って動くだけでなんの非も持たない。周りには拒否権がなかったとでも言っていればいい。それで私は構わないからな。だが、私から与える任務は絶対だ」


 一息付き、周りの景色を確認した。


 そこには一糸乱れぬ騎士たちの姿や、多数の暗殺者がひっそりと軍団長の言葉を待つ。


「私からは以上だ。作戦の詳細の説明は我が軍の副官に任せる。では幸運を祈っている」

 

 そう言って主様は屋敷の中へ戻っていった。




 ここからは副官、すなわち私の仕事だ。


「第三軍の副官を務めるフィニといいます。表向きはメイドとして振る舞っているのであまり目立たないとは思いますが、本職は暗殺者です。なので戦闘能力がないというわけではないのでご安心を」


 この者たちになら、私の正体を軽く明かしておいてもいい。副官がただのメイドと勘違いされては困るという自分なりの決定だ。



「初めに聞きたいのですが、先程共有された作戦について皆さんはどう思いましたか?正直に言ってもらって構わないので」


「そうですね……かなり残虐ではないでしょうか?少し、抵抗があります」


「抵抗、ですか。あなたたちが言っていることが理解できないわけではないですが、おそらくあなたたちは殺しに対して何か躊躇いを持っているわけではないのでしょう?」


「これでも軍人だ。けれど騎士でもある。騎士を名乗ったからには芯を曲げるわけにはいかないのだ」


「なるほど……。ではその芯を曲げる、ではなく置き換えてはどうでしょう?」


「置き換えるとは?」


「上官の命令に従い忠誠を尽くすというものです。あなたたち騎士がどのような信条を抱えているか細かくはわかりませんが、さほど悪くない条件のはずです」


「上官の命令か。悪くはない案だ」


「………よし、フィニ殿の意見に従おう。そこまで自信をもって言われるとやってみたくなるというもの」


「たしかに、そう悪くはないかもな」


「そうするか」



「皆さんありがとうございます」


 意志の統率は軍において、集団において最も大切なことのひとつだ。全員が思い思いの方向に行動しては集団としての強みが薄れてしまうし、対立にも繋がりかねない。

 そのため真っ先にやるべきことは意志の統率なのだ。そして今回は、この者たちに第三軍の配属されたということを再認識させ主に忠誠を誓わせた。それだけでも大きな成果だと思う。



「では作戦の詳細を説明いたします。今この場には、50名の騎士と15名の暗殺者がいます。あなたたち計65名での小隊で人間の国へと行ってもらいます。幸運なことに、人間の国は全て森や山でつながっているため身を隠しながら攻めることはできるはずです」


 人間が築く国家はもちろん1つの国ではない。強大な国が5つと、小国がいくつかある。我ら第三軍のターゲットは主に5つの強国だ。


 正直にいうと、小国は相手にする価値がない。それほどまでに小さく、ひ弱な国だ。わざわざ攻める必要もないだろう。


「基本的には先程もあったように村々を攻めていってください。できる限り家畜や畑は使えなくして、人間に物資は渡しません。これがベースとなる作戦です。しかし、命令によっては多少変則的になる場合があります。一定の範囲を狩れとか、この都市をやれとか。そういう命令は伝令役に伝えます。それにあたって、あなた方65名の中から1人、本国と人間の国を行き来する伝令役を出してください。その者に命令を伝え、状況を報告していただきます」


 少し迫るように訴えかけ、伝令役を出してもらう。


「「「………」」」


 でないのか…。おそらくは主様と話すことが原因になっているんだろう。たしかに、初対面であのような非人道的な作戦をやれと命令した相手とサシで話すのはきついだろう。


「わ、私が行きましょうか?」


 1人、ぽつんと手を上げながら立候補してくれた子がいた。暗殺者のエルフで、体は平均より少し細い。服装は一般的な暗殺者と同じく、なるべく軽く、動ける格好をしている。具体的には下半身はタイツのようなもので覆い、上は重要な部分だけを隠しただけのかなり攻めてる格好だ。

 

 まあ暗殺者の世界ではよく見る組み合わせではある。自分のイメージでは近接戦闘を得意とする人がよくやっている。近接戦闘では肌での感覚が重要になるからなるべく外に出しておきたいのだ。ごく稀に色仕掛けをしようとする者もいるが。


「ありがとうございます。お名前は?」


「マーシャ・ディフィニットです」


「わかりました。ではマーシャ。解散した後、1人残っていただけますか?話したいことがあるので」


「わかりました」


「はい。では伝令役も決まりましたので今日は解散していただいて結構です。人間の国へ向かうルートが確保でき次第、任務に向かってもらいます。健闘を祈ります」


 そう言った瞬間、バッと足並みを揃える音がして騎士たちは敬礼をする。やはりこういった瞬間から第三軍としての仕事が始まったのだと実感する。


 

 解散した後、屋敷の庭には私とマーシャのふたりだけになった。


「フィニ…先輩」


「残っていただきありがとうございますね、マーシャ。あとなるべく先輩呼びは控えてください」


「わ、わかりました」


 実は私とマーシャは以前からの知り合いだ。私がまだヴィエラ様に仕えていない頃、私は暗殺者を束ねるものとして同胞に訓練を施していたのだ。そしてその中にマーシャがいた。しかし、その時は別にお互い名乗る関係でもなかったので今この場で初めて名前を知った。


 そもそも基本、暗殺者が名前を名乗ることはない。なぜなら名前を名乗るほど親密な関係だったり、表に出ることがないからだ。もっというなら、名前を名乗ることで名前とその実力が結びつけられてしまい第三者に明瞭な情報として渡ってしまう。名前と実力が一致してしまうのと風貌と実力が一致するのでは意味が全く違う。風貌だけなら暗殺者は大抵変えることができてしまうから。


 余談ではあるが、一流の暗殺者となれば相手の風貌よりも骨格を軸として覚えているため変装では誤魔化せないのだが。



「ではフィニ…副官。伝令というのは具体的にどうするのでしょうか」


「私たちが指定したらこの屋敷と戦地を行き来していただきます。その時に私たちが知りたいことは主に被害の状況、任務の進行度合い、隊員の不満など雰囲気面。これらを聞くと思いますので常日頃から隊員がどのような行動をしているか把握してください」


「わかりました」


「普段は1ヶ月に1回、手紙を使って私たちに文面で先ほどの情報を伝えるように。第三軍から鳥を貸し出すのでその鳥を利用して」


「えっと、鳥の足に伝えたい内容を書いた紙を巻き付けるんですよね」


「はい。できれば暗号化していただけるとありがたいです」


「了解です」


「臨時の際はこちらの赤い紙を一緒に巻きつけて手紙で送ってきてください。臨時なのでいつ、どこでなどは問いません。臨時かどうかの判断もあなたに一任しますが、迷ったら送るようにしてください。迷いは死に直結します。わかりましたね?」


「はい」


「ではまとめましょう。あなたがやらなければならないのは主に3つ。1ヶ月おきの手紙、定期的なこの屋敷と現地の往復、緊急事態の報告。以上です。質問があれば今聞いてください。無ければあなたも帰っていいですよ」


「はい。で、では失礼します」


 そう言ってマーシャは屋敷からひとり出ていった。


「健闘を祈っていますよ。先輩として」


 


ヴィエラは仕事のときはしっかりやるタイプです。いつもはぐてーっとしていますが……

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