スフィアの我が儘
「連れてきましたよ」
「おう、ありがとな。早速だがフィニ、ヴィエラ殿から概要は聞いたか?」
「いえ全く。なぜ連れてこられたかもわかりませんが」
「じゃあそこから説明するか。前提としてアイスホーンがなんなのかは知っているな?」
「少しは。主にこの地域に生息している魔獣であり、危険度はA +ほど。性格は凶暴で、目についたもの全てに飛びかかってくるとか。私も実際に目にしたわけではないので口伝えでの情報ですけどね」
「まあ今の説明で間違ってはないな。付け加えるならあいつらは想像しているよりもかなり大きいが素早い。この雪原地帯ではぶっちぎりで危険な魔獣だ」
「で、この話を振った時点でなんとなく本題は察せますが一応聞きましょう。本題は?」
「アイスホーンの討伐だ」
「でしょうね」
「まあそんなに急ぐなよ。お前も戦ったことのない魔獣を相手にできるんだから良い機会だろ?」
「否定はしませんが、アイスホーン自体ならあなたたちでも充分討伐できる個体でしょう。若手育成のための素材にでもしたらどうかと思うのですが」
「それがな、そうもいかねえんだ。アイスホーンを倒すこと自体はもちろん俺ら竜鱗騎士団でもできるんだが、内の魔獣を扱ってる部署が最近アイスホーンを手懐けるのに成功してな。頑張って捕獲してこいって言うんだ。そこで、この案件を君ら第三軍と我ら竜鱗騎士団共同で行おうってわけだ」
「……なるほど。それならば良いかもしれませんね。我々の交友関係も深まり、アンドレ王国の新しい可能性が生まれるかもしれないと。いいじゃないですか。……ってこのことが私に相談することですか?」
「うん。私だけだと決めれないでしょ。合同任務とか結構重要案件だし」
「まあ…主様の裁量ならばいいですけど。アイスホーンなんて結構貴重ですし。獲物として頂けるなら幸いです」
「おいおい。一応は捕獲だからな、勘違いすんなよ」
「わかっていますよ。しかし現実的な話ある程度の傷は負わせなければまず無理でしょう。完璧な状態で捕獲するなんてことは無理だと思っておかなければなりませんね。そういえば、日時は決まっているのですか?」
「うん。明日の10時ぐらいにここを出発してって感じ。住処までは片道1時間ぐらいかかるらしいし、早めに出過ぎても寒さで凍えちゃうから」
「妥当な時間ですね」
「しかし今回はいつもの狩りとは違うんだ。いつもだったらここを昼頃に出ればいいんだが、見つかったアイスホーンの数が複数体で対処に時間がかかると見込まれる。だから少しでも参加人数を増やすために第三軍を入れたっていう経緯もあるんだけどな」
「なるほど、それは楽しみです」
1体ぐらいは犠牲になっても問題ないだろう。真正面から魔獣とやり合うのは外れがないくじを引くようなもの。
よく考えたら、この案件はこちらからしてもちょうどいいかも知れない。竜鱗騎士団全体で絡みが生まれるだけでなく、スフィアの腕試しにもなる。丁度スフィアがダンジョンに行くのだし、その成果を彼らにぶつけてもらおう。
程なくして話はまとまり、リンドブルムを出てお昼ご飯を食べて、午後の予定をたてることとなった。
「フィニー、作戦立案は終わった?」
「ええ。スフィアも手伝ってくれましたよ」
「お、えらいね。スフィアも作戦立案ができるならフィニがいなくてもなんとかなるかな?」
「あと1、2回やらせれば主様が少し手伝うだけで滞りなくできると思いますよ。1ヶ月前とは大きな違いです」
実はまだスフィアが第三軍に加入してから1ヶ月と半月ほどしか経っていないが、私としては3月ぐらい共に過ごした感じだ。それはスフィアの成長具合が起因しているのもあるだろうが、やはり屋敷に3人住むとなると2人のときより負担が増える気がする。
「主様、午後はいかが致しますか?」
「んー、どうしようかな。私は特にやりたいこともないんだよねー。初日でアイスエッジは大抵回ったし、特に何も」
「でしたらスフィアが行きたい場所があるそうです」
スフィアに話題を振り、自ら言うように促す。
「ヴィエラ様がお許しになるかは分からないだが、そのー……ダンジョンに行ってみたいんだ」
「ダンジョン。…また危険なとこに行きたいんだね。フィニはどう思う?」
「悪くないと思いますけどね。スフィアの実力を測るという意味でも、実践経験は必要でしょう。しかし問題は主様をどうするかです。一緒に来るでもいいですし、アイスエッジを回るでもいいですし」
「さっきも言ったけどアイスエッジはもう飽きてる。というわけで一緒に行く」
「そう言うと思ってました」
なんだかんだ主様は刺激的なことが好きだし、連日会談は面白くないのだろう。
「しかし私もアイスエッジのダンジョンは攻略したことないんですよね。多くの冒険者が来るということは難易度はそこまで高くないと予想されますが、アイスエッジのダンジョンはすでに完全攻略されているのでしょうか」
「調べたけどまだされていないらしい。けどぼちぼち攻略はされていて、あと5層でコンプリートだってよ」
「それは難易度が高いですね。ここは私が生まれたときにはすでに存在していましたし、こんなに長い間陥落していないのは珍しいです」
「へー。つまり私たちの目標は完全攻略ってことでいいの?」
「ああ。そのつもりだ。途中まではワープで階層を飛ばせるらしいから、そこからどうかって感じだな」
「時間制限は気にしなくていいでしょう。夕飯は外食するでも、ホテルで作ってもらうでも手立てはあるでしょうし」
「そうだね。じゃあ早速ダンジョンに向かう?」
「主様は場所をわかっているのですか?」
「いや。でもフィニたちについていけば大丈夫!」
やれやれ、とは思うが事前に把握できるようなことでもないししょうがないか。
「……まあこればっかりは仕方ないですか。アイスエッジのダンジョンはこの谷の大穴に入り口があります。谷の壁面に穴がぽっかりと空いている部分を見つけてください」
「んーと……あれ?あの私が今向いている方角にあるやつ」
「そうです。穴の大きさはかなり大きいのでわかりやすいですね」
ここからは500メートルは離れているだろうが、その巨大さ故にわかりやすい。遠くから見ても目立つし、良いスポットなのがわかる。
私たちはダンジョンの入り口まで移動して、準備をすることにした。
「やっと着いたー」
主様はここに来るまでですこし息が上がっている。確かに急な斜面を登ってきたが、この程度でへこたれていてはこの先不安だ。
「まだ攻略は始まってすらいないんですから、そんなに体力を使う必要はなかったのに」
「だってー、フィニたちが歩くの速いんだもん」
「それは申し訳ないですけど」
こんな話をしている間にも着々と攻略の準備をしているスフィア。剣の手入れと服装の確認、やる気は十分だ。
私と主様もスフィアを横目に準備を始める。私はメイド服が汚れぬよう軽く束ね、ナイフやその他装備の確認、そして主様はいつも通り杖とアクセサリーを持って準備完了だ。
「改めて確認ですがこれはあくまでスフィアの訓練でもあります。私は必要最低限の補助しかしませんし、主様もある程度は身を守ってください」
「わかってる」
「はーい」
「では現在攻略されている最先端までいきましょうか。転移石でひとっ飛びです」
転移石とは、魔力を流し込むと特定の地点へと転移することができる革新的な錬金道具の1つだ。この転移石が発明されるまでは、転移とは魔法に長けた選ばれし者にしか扱えない高等技術だったが、この転移石の登場により誰でも、安全に転移することが可能となった。私が生まれてまもなく発明された品であるためここ最近の物とは言いづらいが、それでも長い長い生命史において最も偉大な発明品の1つだろう。
見た目は青い光を帯びていて、それ以外は少し角ばった普通の石と変わらない。それなのにこれほど便利かつコンパクトなのはこの発明の素晴らしさが伝わるはず。
私がその転移石に右手で触れ、最前線へ行くように魔力を込めると転移が始まる。主様とスフィアも急いで私の左手へ捕まり、全員で転移した。
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