作戦立案
「さてと、スフィア。やりますよ」
私は手元に地図を出し、机に広げる。
「そのー、大丈夫なのか?情報を嗅ぎ回られたりしたら」
「ここはリンドブルムの地下ですよ?人間なんかが入ってこれる場所ではないですし、私も魔力感知で周りを観察しているから大丈夫ですよ」
防音結界も張っているので余程のことがない限りは情報は漏れないし、そもそも情報を得ようとするのは人間とアンドレ王国内で敵対している組織だけ。
そしてやはりこのリンドブルム、もっと言えばアイスエッジの地理的要因もあり人間たちは絶対に来ることができない。
ではなぜそこまで言い切れるのか。実は、このアイスエッジは人間たちの持っている地図には写っていないのだ。もちろんアンドレ王国内ではこの場所は認知されているのだが、国民は旅行以外のことでアイスエッジという単語を口に出さないので人間たちも情報を得るのに苦労しているのだろう。前に人間のスパイが炙り出された際、私物確認をしたがその地図にはアイスエッジの記載はなかった。
それはともかく、作戦のことだ。
「スフィアは現在私たちが行なっている作戦を把握していますか?」
「早速だな。けど把握してるぞ。神聖国クラトスの小さい村々を襲っていて、一部は未だヴァルト王国に残しているんだろ?」
「よくできました。では私たちが下すべき命令は主に2つあります。1つは主様が言ったように標的の変更、もう1つはわかりますか?」
「んー、なんだろうか…」
「現在は戦力がクラトスとヴァルトの方で2分されてしまっています。この状態でクラトスの中都市を攻め切ることは可能ですか?」
「無理だな。私は人間国に行ったことはないが、おそらく中都市っていうのは王都近郊の都市ぐらいのイメージだろ?あのような街を小戦力で突破できるかとなると、答えはノーだ」
「そうです。実は第三軍の戦闘員全員を集めても中都市を攻め落とすことは厳しいのですが、嫌がらせ程度なら出来ます。中都市としての機能は主に物流を働かせるためにある枝。ならばその枝に栄養が届かないようにすることなら彼らなら可能でしょう」
「でもどうやるんだ?さっきフィニが言ったように中都市を攻め落とすことは難しいんだろ?なら手の内ようがないように思えるんだが」
「だから物流に目をつけるのです。中都市へと運び込まれる荷馬車を出来る限り強奪。金品なども没収して盗賊が行ったように思わせましょう。そうすれば私たちアンドレ王国に向く刃も少しは軽くなるでしょう」
「かもな。第三軍の半分は死霊騎士と聞いているし、夜に荷馬車を襲わせるのがいいんじゃないか?人目にもつきにくいだろうし」
「素晴らしい案ですね。出来る限りそうさせましょうか」
人間とそれ以外の種族の大きな違いとして、暗視能力がある。前に寿命を挙げたと思うが、同じぐらい重要かつ大きな違いだ。
まず暗視能力とは何か?解釈は様々あるだろうが、私にとってはそれは種族ごとに違う、暗闇の中でどれほど物を視認できるかというもの。例えば人間。人間は暗闇では全く歯が立たなく、暗視能力は無いに等しい。対して吸血鬼族は暗視能力に最も長けている種族で、真夜中の暗闇でも昼間と同じぐらい物が見えるらしい。はっきり言って羨ましいが、それは種族特性として受け入れなければならない。
ちなみにこの世に一定数存在する種族を暗視能力の違いで分けると、1番は吸血鬼族、次に悪魔族、死霊。次点で獣人族と竜人族であり、最後にエルフ族と人間だ。やはりアンデットや特性が負の方向に傾いている種族は暗視能力に長けている。そしてエルフ族と人間はどちらも暗闇ではあんまり物が見えない。かろうじてエルフ族の方が見えていると言われているが実際は不明。しかし忘れないで欲しいのはこれはあくまで種族の基礎能力ということ。人によって長けている長けていないもあるし、私は者は吸血鬼族並に見えていると自負している。
話が逸れたが、なぜ暗視能力は重要なのか。それは例を取ってみれば簡単にわかる。例えば人間と吸血鬼、両者で真夜中に戦った場合。人間は一撃も吸血鬼に攻撃を与えられず敗北するだろう。ただ何も見えない空間で剣を振るうだけなのだから、言ってしまえば目隠しハンデを受けているようなもの。絶対に勝てない。だから、夜の戦闘では確実に我々アンドレ王国は人間がいくら束になろうと勝てるし、それが国力にもつながる。これでどれだけ暗視能力が重要かわかったはずだ。
ちなみに、昔面白い話を聞いたことがある。どうやら人間の間では『夜に消えていった』という表現があるらしいのだ。意味としてはそのまま夜の闇に紛れて逃走した、という意味らしいが、これは種族の違いだなぁとしみじみ思った。アンドレ王国では絶対に聞かない表現だ。もしこの言葉を吸血鬼族に言ったならば、馬鹿にされること間違いない。
「暗視能力に着目したいい案ですし、それをまとめて戦闘班に送りますか」
紙に作戦の概要をまとめていく。この作業も主様が直接行うものではなく、副官である私の仕事となる。しかしあくまで作戦の決定、変更は軍団長である主様の仕事なので私は雑用係だ。
メイド兼副官となって変わったことと言ったらやはりこのような事務作業が増えたことだとは思うが、意外とこういう仕事も悪く無いと思いつつある今日この頃。精神的負担は圧倒的に上に立つものの方が大きいし、特に命に関わる決断をしなければならないときは計り知れないほどだ。
「なあフィニ。午後は何するか決まってるのか?」
スフィアがいきなり会話の方向を変える。
「いえ、決まっていませんが。どこか行きたい場所でもあるのですか?」
スフィアから話を振ってくるのは珍しい。
「まあ…あると言えばあるんだが、別に明日でもいい気はしてるんだよな」
「しかし明日行けるとは限りませんし、今日のうちに行ってしまった方がいいのでは無いですか?場所にもよりますが、私は基本許可しますし」
「…このアイスエッジってダンジョンが有名だよな?」
「ええ。ここの冒険者組合は盛んだと聞きますし、わざわざ高い旅費を払ってでも来る方は多いはずです。その目玉攻略がダンジョンだと言われていますし、実際ここのダンジョンはアンドレ王国の中では最大級の大きさを誇りますね」
「そこに行ってみたいんだ。私の強さを、ヴィエラ様をフィニ抜きでも守れるのか。知りたいんだ」
「……しかしあそこにいるのは魔物ですし、我々に比べて知能は低い。適応能力も何もかもが違います。あなたが守る主を襲うのは人間。もしくは反乱を起こしたこのアンドレ王国の民です。それでも、良いのですね?」
「ああ。さっきも言ったがこれは自分の強さを試す意味もあるんだ。フィニとの訓練のおかげで少しは強くなったと思うし、たまには試すのも悪くないと思ったんだ」
「…わかりました。まあ訓練をつけてあげると約束しましたし、ダンジョン攻略を今日の訓練としましょうか。主様がついてくるかわかりませんが…打診するのはありですね」
「ありがとな。許可してくれて」
「いえ。私も楽しめるといいなと思いますし、もちろん余計な手出しはしませんから」
「助かる。そういや、ダンジョンに入るのって許可証みたいなのがいるんだっけか?」
「基本はそうですが、私たちはそうではありません。許可がないと入れないのは冒険者であって、私たちは関係ありませんね。勝手に入って大丈夫です」
「そうなのか。冒険者の界隈はちょっとよくわかんないんだよなぁ。でもフィニも冒険者になったことはないんじゃないのか?」
「ええ。私は小さい頃から軍所属ですし、冒険者になる資格はありませんね」
冒険者になるには軍に入っていないことが絶対条件となる。理由としてはその方が身軽で、依頼がしやすいため。冒険者組合と軍は根本的に構造が違うし、個人の実力も全くと言っていいほど異なる。
軍は適性検査などがあるため入るのは難しいが、その分徹底的な訓練と実践経験により実力は上。対して冒険者になるにはただ冒険者組合に申請をするだけ。特に適正試験があるわけではなく、訓練などの補助があるわけではない。そのため実力は軍よりも下だが、最上位クラスにまでなれる者は全員が強く、軍で言えば副官クラスに匹敵する。
正直、軍と冒険者組合は表面上は仲がいいが実情はかなり疎遠だ。やはり構造は異なっても、目的や実際の業務は似ているため対立しやすいのだ。それはもっと小さい単位で見てもそうで、冒険者は軍人を見ると敵意を含んだ目で見るし、軍人も冒険者を下に見ている者が多い。私としてはあまり興味がないのでどうでもいいことが多いが、時たま冒険者を利用することもある。暗殺ではフットワークの軽い冒険者を利用して人脈をつなぐのが鉄板であり定石だ。まあ大半のものは使い捨ての駒なのだが。
それはさておき、冒険者の利点として冒険で得た宝や実績を金に変えることができることがある。その買取のためにはあらかじめどこに行くかなどの報告が必要で、申請しておくと死亡手当なども出るとか。
これが理由で彼らはダンジョンに行くには申請が必要だが、私たちは軍人。そういうのは全く必要ない。こういう点はかえって軍の方が身軽だが、そんな対立を起こしそうな話題を引っ提げるのはやめておこう。
「それにしてもフィニは物知りだよな。もちろん私たちより長く生きているのはそうなんだが、フィニの同年代のやつと比べても賢い方なんじゃないか?」
「否定はしませんが、私と違いしっかりとした教育を受けている者はあまり規律から外れたことをしませんね。上に立つ者として、そういう者のほうがまとめやすくて助かります」
「その口ぶりからしてお前は規律から外れたことをしたことがあるってことだろ」
「バレましたか。まあ規律なんて破るためにありますから。破っても問題ないですね」
「そういう奴がいるから犯罪者って生まれるんじゃないか」
「その理論を展開されると困りますが、暗殺者なんて所詮やってることは殺人。犯罪とは紙一重ですよ」
「まあ軍なんてそういうものだってわかってたけどさ。いざ突きつけられるとショックというか苦しいように思うわ」
「そこら辺は気軽に行きましょう。変に正義感を振りかざしても疲れるだけです。我々長命種はストレスコントロールが大事ですから、リラックスですよ」
何人も見てきた、正義感の強すぎる者の破滅。私たち軍人には長い生活の上で、考えられないほどのストレスがかかり、それはさまざまな要因がある。人間関係、訓練、戦争、死。けれどこれら全てに共通するのは正義感が強い者ほどストレスがかかることだ。正義感が強ければ友人との価値観の違いで崩れ、訓練では国を守るために厳しい訓練に向かい、戦争では腕を失おうが動き、死には抗おうとする。
こんな生活は嫌だとは思うが、若いうちには勢いあまって正義感を持て余している。できるだけ早めにその正義感を喪失させるのが上に立つ者の役目、という人もいるぐらいだ。
「フィニー、なんの話してるの?」
「あ、主様。会談は終わりましたか?」
「いや、実はまだ終わってないんだよ。私だけだとどうしても決められない案件があってね、相談するためにフィニを呼ぼうってなって」
「わかりました。今から行こうと思いますが、スフィアはいかが致しますか?」
「スフィアもついてきて。関係あると言えばあるから」
「わかった」
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