渓谷の美しさ
「じゃあそのリフトを使って渓谷の中に降りてみようよ。ちょっと地表は寒いしね」
「わかりました。まずは乗り場に行かないとなのですが…リフト乗り場はどこにありましたかね」
周りを見渡して標識を見つける。木でできた標識はこの極寒の地でもよく耐えてそして目立つ色をしてくれている。
「こっちのようですね」
私は左側を指差して真っ直ぐ進んでみる。すると少し列ができているのが見えて、ここが乗り場なのだと察するに至った。
「ちょっと並んでますねー。まあ渓谷への入り口はここしかないので当然といえば当然ですか」
そう、このアイスエッジという都市の特徴はやはり完全に分断されている地上部分と渓谷部分だろう。この2つの階層を行き来するには今並んでいるリフトしかないし、ここ以外から降りようとしても絶対に無理。なぜなら深さ100メートルはある断崖絶壁がこの地上部分と渓谷部分を分けているので竜人以外は飛び降りたらまず死亡する。
そしてこの地上部分、実は対して特筆すべき点はない。なぜならここは観光客のためのサービス施設が集まっている場所だからだ。さっきみたいなソリの貸し出しなど。この地で過ごすために必要な物を貸し出す、または売っているのがこの地表部分の施設の目的。だから観光をすると言っても全然見所がないし、寒さがない分王都にいた方が全然マシだと思うほどだ。
「次の3名様ー」
「はーい!」
リフトの案内係竜人の方に呼ばれて主様が元気よく返事をする。
「リフトはこのようにベンチのような形をしているので、普段椅子に座るように腰掛けてもらって大丈夫です。けれどポイントは高所での恐怖に負けないこと!魔法の障壁で落ちることはないので落ち着いて乗ってくださいね。いざとなったら決して下を見ないように。これらを肝に銘じておけば安心なので」
そうガイドさんが簡単にレクチャーをして、私たちはリフトに乗った。左端はスフィアが、真ん中は主様、そして右端に私だ。主様が真ん中なのはまあ……暴れないようにするためだ。そんな高所100メートルのところで暴れられても私たちが危ないだけだし、取り押さえれるようにこの配置にした。
「全員乗りましたね。では行ってらっしゃい」
その言葉と共にリフトは発射した。ガタンガタンと音を立てながらゆっくりと斜めに下がっていく。
「すごーい。このリフトどうやって浮いてるんだろう」
「シンプルに浮遊魔法じゃないですか?どこかに一括でリフトを管理できる魔道具なんかを置いといたら動きますし」
流石にこのリフトは何台かあるので複数台を同時に使役するような魔道具が必要になるはず。もしかしたら1リフトにつき1魔道具という構造にしているかもしれないが。
「そうなんだけど〜、なんかしっくりこないんだよね。これすごい不思議でさ、浮遊魔法とかで動かしているはずなのにガタガタ音が鳴るってことは、この機体全体に魔法がかかっていないかもしれないってことなんだよね。浮遊魔法が適用されている間はその物体は絶対に術者の意志以外では動かないの。だから術者が意図しない限りこの機体は揺れないはず。でも揺れてるってことは機体以外に魔法がかけられてる可能性もある」
主様の魔法オタクの部分が出ている。やっぱり軍人というよりは学者の方が近い気がする。
「確かにそうだな。魔法に詳しくない私でもその辺は聞いたことあるし、なんだか不思議だな」
「ですね。今度ドラクール様とかに雑談で振ってみますか?」
「あの人、答えてくれるの?」
「さあ?私にもわかりませんけどね」
ドラクール様にはもうすぐ会えるだろうし、話を振ってもいい気がするけど。
「ともかく、このリフトは後で研究するとして、やっぱりアイスエッジの渓谷は綺麗だねー。なんか異世界の文明を見てるみたい」
その気持ちはわかる。下を見れば湯気が出ていたり色々な家屋があったりするが、なによりも目立つのは竜人の本殿『リンドブルム』だ。水色を基調とした本殿で、渓谷の地形にそうように聳え立っており非常に評価の高い建築物として知られている。
私もリンドブルムはこの国の中で1、2を争うぐらい好きな建築なのでまた見れて嬉しいし、主様とスフィアも連れてこの場所を布教できたのは私にとって意義のあることだった。
リンドブルムは竜人の本殿、祀り神的な存在が宿っているとされている。そこには竜鱗騎士団の本部と、騎士団長であるドラクール様が住んでおり、竜人の間ではもはや別次元の存在らしい。もちろん観光客が入れるような場所ではまったくもってないのだが、私たちは特別に入ることが許可されている。理由は言わずもがな王族である主様がいるからなのだが、実は私は既に自由に行き来する権利を与えられている。
まあ一応は暗殺者師団長ですし、ドラクール様には認めてもらっていますしね。
リフトはその後も進んでいき、ようやく地上に足がついた。
「あれ、ちょっと暖かい?」
降りてから最初の言葉はそれだった。
「この渓谷は沢山の温泉源がありますからね。先ほどリフトに乗った時に上から煙が出ているのが見えたと思いますが、あれらはお湯の出る源泉の煙、つまりは湯気ですね。さらに渓谷は熱を逃さないような構造に自然となっていますから、四六時中ここは暖かいです。と言っても、防寒具は必須ですけどね」
「へー、あれ温泉だったんだ。………じゃあ入れたりする?」
「ダメです。主様の身が危ないですし一般の温泉は許可できません」
「ん、それってつまり」
「泊まる場所に備え付けてあったらいいですよ。それぐらいは許可します」
「やったー!スフィアも一緒に入ろうね」
「ナチュラルに私が主様と入る前提なのやめてくれませんか」
「えー、入ってくれないの?前は入ってくれたのに」
「フィニお前…ヴィエラ様とそういう関係だったりするのか?」
スフィアは初耳だったのか疑い深く聞いてくる。
「勘違いです。そもそも一緒に入ったのは一度だけですし、決してそういう関係ではありません。主様も勘違いが起こるようなことは言わないでくださいよ」
「ごめんごめん。つい魔が差しちゃってさ」
「はぁ……。で、渓谷に着いたわけですけどこれからどうするのですか。私は自由行動でもいいと思うのですが」
「そうだね。私も気ままに観光したい気分だから、お昼にここに再度集合すればいいと思うよ」
現在はおそらく10時ほど。あいにく渓谷の中なので太陽の位置が把握できないのだが、私の体内時計がそう言っている。
「ではお昼は全員で食べるという形で?」
「うん。スフィアも、12時にここ集合ね。それまではどこ行ってもいいから」
「分かった。フィニとヴィエラ様はどこへ行くつもりなんだ?」
「私はリンドブルムに。久しぶりですし、再度拝んでこようかと」
「うーん、私はこの景色を眺めながら散歩するかな。この渓谷の景色は見るだけで癒されるから」
「そうか。まあ私も気ままに歩くとするかな」
「じゃあ12時にね、解散!」
主様がそう宣言し、私たち3人はそれぞれが行く方向に歩き出した。
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