雪原の寒波
「フィニ〜…寒いよ…」
出発してから数時間、段々と寒波が本格的になっていき、ソリの走る速さも相まって体感温度はとてつもないことになっていた。手綱を握る手の感覚はとっくに消え失せたが、まだかろうじて握力は残っているのでなんとかマラミュートを走らせることができている感じだ。
そしてそれは主様はスフィアにも同様の被害を及ぼしていて、主様はさっきからずっと寒いよ〜…としか言っていない。
「私のバッグにまだお湯が入っている水筒があるはずです。それでなんとかしてください」
主様はゆっくりとその場を立ち上がり、バッグへと手を伸ばす。そして水筒を手に取り、蓋を開けると湯気が立ち上った。どうやらまだお湯は入っていたようだ。
「ッ……ああぁ。生き返る……」
「よかったです。それにしても未だに水筒にかけた保温魔法が劣化していないなんて驚きました。もうかけたのは15年ほど前ですから普通は効果が消えているはずなんですけどね」
「15年も経ってるのに機能してるんだ。でも多分だけどあんまりこの水筒使ってきてなかったでしょ?」
「押し入れの奥から引っ張ってきましたし、間違いではないですね」
「ならまだ納得は出来るかも。ほら、魔法ってものと同じでたくさん使えばその分摩耗するし、逆にあんまり使わなかったら予想より長持ちするんだよね。フィニの場合結構多くの魔力を保有しているから強力な魔法をこの水筒にもかけたんだろうけど」
「なあ、今更なんだがフィニとかヴィエラ様の魔力量ってどのぐらいなんだ?初対面の時もそうだっだが、2人とも魔力隠匿の技術が高すぎて本来の魔力量が全く見えてこないんだが」
「まあ…魔力を常に垂れ流しながら歩いていると目立ちますし…ねぇ?」
「街中でこんなちっちゃな少女がありえない量の魔力を放出してたら身分を疑われるでしょ」
この世界での魔力とはその人の強さに直結すると言っても過言ではない。それほどまでに魔力は多くのことに絡んできているのだ。
例えば歩くという動作。何も意識せず、ただ歩いているだけでも人は自然と魔力を歩くという動作の補助として使用している。魔力を足の筋肉や腕の筋肉など複数の部位に巡らせ、歩いている。言ってしまえば見えない糸といってもいいかもしれない。操り人形のように自らの体に糸を結びつけ、動くのを楽にしている。
そしてこの不思議な力は魔法を発動するのにも役立っているがそれはまた別の機会で。
ともかく、この魔力という概念は私たちこの世に存在する全ての物に通じているが、この魔力の量は生まれながらにして多い少ないがある程度決まっていて、それは生まれる前に観測できる。もちろん後天的に魔力の貯蔵量を増やす訓練を行えば1から2割ほどは増加することが知られているが、まあそれは微々たるもの。
ではどうやって魔力が多い少ないが生まれる前にわかるか。それは家柄だ。魔力の量というのは基本家系で受け継がれていく。もちろん代によって多少の差はあれど大まかは同じ。そしてこのアンドレ王国においての貴族というのは、元は魔力量は多い者を貴族と呼んでいた。貴族の中でも上の位に行けば行くほど魔力保有量は多く、より強大な力を持っている。
そのため、もし生まれる子供が貴族であれば、その子は平均より多くの魔力を持っていることが生まれる前にわかるし、もし奴隷の子として生まれてきた子なら平均を大幅に下回っていることが事前にわかってしまう。
まあだから、主様の魔力量が多いのは当然のことで、私の魔力が多いのは突然変異ということだろう。
そして一般的に、公の場では魔力を制限するのがマナーとなっている。特に貴族の舞踏会など、アンドレ王国の貴族は自らの力を誇示するようなものは品がなく、相手にされないということもしばしば。
そういう理由から主様は幼い頃から魔力を制限して生きており、それは普通では見抜けないほど素晴らしいものになっていた。
「それにしても魔力量ですか。スフィアは特に自己制御しているような素振りは見えませんね」
「ああ。元々が少ないからな。制限しなくても目立たないんだ」
「それは良いのか悪いのかどちらなのでしょうかね。まあともかく、私の見立てでは主様は一級魔術師3人分の魔力は持っているようですね」
「3人分か。思ったより少ないんだな」
「少なくともスフィアにだけは言われたくないね」
フン、と顔を背ける。
「そういうフィニはどのぐらいなんだ?」
「さあ?今まで気にしたことがなかったので。でもおそらくですが主様と同じぐらいですよ、きっと」
「ほんとかな〜?」
「本当ですよ。変に疑うのやめてください」
こんな会話をしているが、内心ではもうちょっと魔力はあると思ってる。でも主様より上だとなんかお気に触るような気がして。
この後もこのような他愛もない会話を続けて、日没まで時間が飛んだ。主様とスフィアはずっと喋っていたからか疲れ果てて寝てしまった。私は一度手綱を離し、2人に毛布と魔法をかけてあげて凍えないようにした。
「この2人はまだまだ子供ですね」
すやすやと眠る2人の寝顔はまるで幼い頃からの親友のようだった。喋り疲れて寝てしまったところもそっくりだ。
私は2人を起こさないよう静かにソリを滑らせた。私も寝たいのは山々だったが、寝てしまうと到着が遅れちゃうし、勝手にマラミュートたちが暴走しても困る。本来3人乗りのソリだったら手綱を交代交代で持つはずなのだが、今回は手綱の扱いを知っている人が私しかいないのでしょうがない。
そういって黙々とソリを走らせて行った。
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