お風呂
「フィニー、一緒にお風呂入ろう」
スフィアが自室に戻り、主様と私だけになった途端そんなことを言われた。
「いや、遠慮していきます」
「なんでよー。別に私は見られるの気にしないけど?」
「主様が良くても私は嫌なんです。主様も想像してみてくださいよ。職場の上司の裸を見るなんて気まずいに決まってるじゃないですか!」
「でもタオル巻けば良くない?フィニもそれでいいからさ」
「でも……護衛が」
「大丈夫だよ。だって今はスフィアがいるんだしさ。最悪フィニは素手でも殺れるんだし」
「否定はしませんけど……。服脱ぐときは後ろ向いててくださいね?」
「もちろん」
そう言って私は後ろを向いてメイド服を脱ぎ始めたが、音的に主様も後ろを向いてるっぽい。私は適当に近くのバスタオルを体に巻いて、手で押さえる。主様にバスタオルを渡してなかったけどどうしてるんだろう。
「主様、バスタオルで体を……」
タオルを渡そうとしたら体が見えてしまった。
「す、すみません」
「う、うん」
主様は私が渡したタオルで体を隠すが、この時間がめちゃくちゃ気まずい。
「フィニー、入ろうー」
「は、はい」
私は恥ずかしさのあまりまともに主様の方を見て歩けなかった。
なるべくさっきの光景を思い出さないようにするが、でもどうしても主様の体が脳裏に思い浮かんでしまう。意外にもしっかりしていた体つきに、溢れ出る魔力の塊。そして慎まやかな胸。最後に関してはちょっと今も見えているのだが、そこは気にしない方針で。
「あー…やっぱお風呂って気持ちいいね。1日の疲れが浄化されていく」
「………」
「フィニ、フィニ?」
「な、なんでしょうか?」
「さっきから大丈夫?別に私は気にしてないからさ、フィニも気負う必要はないよ」
「なんか主様に諭されるのは嫌な感じがしますね」
「失礼だなー。というかフィニはこういう裸の付き合いってやつはないの?」
「ありますけど…それもメモリアだけでしたし」
「やっぱエルフとかの長命種ってそういうのにあまり興味がないんだね」
「まあそうですね。人間は寿命が短いのでなるべく早めに子孫を残そうとしますが、エルフや他の子孫を残せる種族は人生のうち長い時間を全盛期として過ごしますから、いつでも子孫を残せるんです」
「そうなんだ。でもやっぱり死霊とかは子孫っていう概念がないでしょ?」
「先ほども言ったように子孫を残せる種族は決まっています。基本は残せますが、死霊、悪魔族は残す事ができませんね。原因はまだ不明ですが、個人的には彼らが精神的存在だからだと思うんですよね」
「精神的存在っていうと」
「死霊は本体の体がなく、精神の核で生きています。なのでその精神が破壊されれば仮初の肉体が無事でも彼らはバラバラになって死んでしまいます。例えば死霊が適当に主を定め、支えていたとき。その主が死んでしまったらその死霊たちも死んでしまう事が多いです。実際にこの事例はありましたし、それほど珍しい話ではありませんね。
「じゃあ私も気をつけないといけないのか。第三軍の半分ぐらいは死霊で構成されているし、彼らの忠誠が私に向いていた場合彼らが困っちゃうから」
「そうですね。信頼されるというのは自分にとって利点が多い反面、責任も多く伴います。主様にその自覚が芽生えたのなら1つ収穫がありましたね」
「だねー。でもフィニもそういうことを感じた事があるんじゃないの?暗殺者師団ってこの国でも大きな権力を持ってるし、その長となれば信頼されることも多いはず」
「そうですけど…あんまり実感したことはありませんね。私がそれなりに恐れられている可能性があるのは否定しませんが、それよりも私の顔を知る人が少ないのも要素として挙げられると思います。暗殺者の基本として、どんなに仲の良い人でも軽々しく顔を明かしてはいけないというのがあります」
「でもフィニは私とかメモリアとかには顔を明かしてるよね?」
「それは最高幹部ですから。私よりも立場が上なので遠慮する必要もありませんし、正直言ってあなたたちは同僚という枠組みを超えているのですよ。私たち暗殺者だって生きとし生ける者です。それぞれには心があります。誰かに肩入れしたり、多く接したい、大切に思うということはたくさんあります。どんなに仕事のできる暗殺者だって、どんなに精神統一に長けている武人だって、完全に倫理観本能を捨てることはできません」
「本能……。生き物に刻まれている感覚か」
「その通りです。私だって何か生き物を殺すときには思うものがあります。同じような人生を歩んでいる者の人生背景はやっぱり想像しちゃいますし、心も痛みます。勘違いしないで欲しいのは私が敵対感情を向ける相手は何か私の周りの人やアンドレ王国に直接的に害をなした人のみです。ただの一般市民には哀れみが湧いてきます」
「私もそうかなぁ。フィニが知ってるかわからないんだけど、昔森で遭遇した獣を魔法で殺したんだよね。熊みたいな…狼みたいな感じだったかな」
「ベアウルフですね。冒険者の間ではランクAに相当する危険な猛獣です」
「そうそう。あのときは必死で周りが見えなかったんだけど、いざ倒すとなんか寂しくなっちゃって。この子にも人生があったのかなって」
「でも考えても仕方がありませんじゃないですか。主様はいいかもしれませんが、私は何回もそういう経験をしています。なのでいちいち物思いに耽っていると心がもたないんですよ。味方でも敵でもないものに心を奪われては元も子もありません」
「確かにねー。でもそれはそうとそろそろ体洗おうかな。ずっと湯船に浸かっててもふやけちゃうし」
「わかりました。体、洗いましょうか?」
「うん。よろしく」
「かしこまりました」
そう言って私たちはゆっくりと湯船から上がり、体を洗いにきた。この屋敷の浴場にはいくつかの流し場があるが、それはある程度の人数を収容することを想定しているからだろう。部屋の数から見ても50人は住めるような感じだし、浴場に10個の流し場があってもおかしくない。私たちは左から3つ目の流し場を使って体を洗い始めた。
「背中側を洗いますから、手前側はご自分で洗ってくださいね」
「はーい」
備え付けの石鹸を使って主様の体を洗っていく。流石に手前側を私がやるのは気がひけるので主様に任せるのは当然のこと。体を洗うときはタオルも巻いてられないし流石にね。
「お湯、一気にかけますよ」
「うん」
浴槽から汲んできたお湯をバシャーっと一息にかける。
「ちょ、強くない?」
「さあ?気のせいではないですか?」
まあわざとだけど。私だって悪戯をしたい時があるのだ。
「さ、そろそろ出ますよ。かれこれ30分は入ってますからね。明日も早いんですし、さっさとあがって早めに寝ますよ」
「分かったー。明日って夜明け出発?」
「はい。しっかり起きてきてくださいね。私だって朝食を作るので忙しいと思うので」
「はいはい」
私たちは浴場から出て、体をタオルで拭いてから寝巻きに着替えた。
「はぁ……なんか今日露骨に眠いんだけど」
「今日は作戦会議をして王城にもいきましたからね。疲れるのはしょうがないように思えます。それでいうとスフィアは準備、終わったんでしょうかね」
「スフィアには私の準備を手伝ってもらったからなぁ。終わってなかったら私のせいでもある」
「いや、普通にスフィアのせいだと思いますけどね。いくら主様の手伝いをしていたとはいえ時間はかなりありましたし」
「そうかなぁ」
主様の髪を乾かしながらそんな雑談をしていた。主様はロングとショートの中間、ミドルと言われる髪の長さなので乾かすのにそれほど時間はかからない。しかし私はロングなのでそれなりに時間がかかるってしまうのでミドルとかショートの人は羨ましい。それこそスフィアとか。何気に第三軍の序列持ちは全員髪の長さが違うから。私はロング、主様はミドル、スフィアはショート。三者三様とはまさにこのこと。
「髪、乾かし終わりましたよ」
「ありがと。じゃあ私はもう寝ようかな。お風呂の後の温かい気持ちを持っていくことにする」
「はい。ではおやすみなさいませ」
「おやすみー」
そう言って主様は自室へと引っ込んでいき、廊下には私1人になった。私も寝てもいいのだが、スフィアが今どのような状況になってるかわからない。それになんとなく彼女によるの戸締まりは荷が重すぎる気がする。メインホールの扉は閉めたし、屋敷の至る所の窓は既に閉めたのだが、スフィアが浴場の片付けをできるかどうか……。
「さて、どうしたものですか……」
結局、私は迷った末スフィアを信頼することにした。流石に成人している彼女が身の回りの世話をできないのはどうかと思うし、仮にできなかったとしても後日私がやればいいだけのこと。おそらく明日はその見回りから始まりそうだな。
そうして私は自分の部屋へと向かい、ベッドに体を投げうった。
ようやく忙しい時期が終わったので再度投稿頻度が軌道に乗ると思います。




