守るべきもの
「…フィニ…フィニ。起きて!」
「ん…?主様…。はっ!今何時ですか?」
「まだ夜明けぐらいだけど、夜明け後すぐ出発でしょ?なら急ぎで準備しないと」
主様に起こされるほど寝てしまったのか。戦いのあとは確かに疲れるが、主様より遅く起きるとは思っていなかった。おそらく戦場の疲れに加え、宴で飲みすぎたのもあるだろう。メモリアをノックアウトさせた時点で退出したものの、そのときには既にボトル一本の酒をほぼ飲み切っていた。
アルコールも一種の身体妨害系の毒なので酔いには耐性があるはずなのに……。メモリアのやつ、相当強い酒を用意させたな。
「どちらにしろ、急いで準備しなくてはなりませんね。主様も荷物を1つにまとめておいてください」
「うん」
私は昨日の時点で戦闘服や小道具などをまとめておいたため、実は準備が完了している。そして主様もかなりの軽装。もとより無駄なものを省く性格であるためこの初の遠征でも必要最低限なものだけだった。だから片付けは早く終わった。
「これで最後っと。フィニ、私は準備できたよ」
「私もです。テントも片付けちゃいましょうか」
私たちは荷物をもってテントの外に出る。
そして私はテントに向かって手を出し、魔法を発動させる。
「<収納>(ストレージ)」
私が収納魔法をテントに放つと、まるでそこにはテントなどなかったように平凡な更地が顔を出した。
「あれ?収納魔法をテントに使っていいの?」
「いいんです。収納魔法はあくまで簡易的な空間魔法なのであらかじめ設定したものしか取り込めませんが、テントとその中にある家具たちは既に術式に刻んでいますから」
収納魔法とはその名の通り物質を亜空間へ収納したり出したりすることのできる魔法だ。一見便利そうに思えるが、実はそこまで融通が効くものでも無い。これはあくまで空間魔法を応用したものなので空間を切り取ることしかできず、空間魔法の弱点である複数の空間切り取りは得意としていない。
そのためそれを解決するために考案されたのが物体に術式を刻み込むというアイディアだ。あらかじめ取り込みたい対象を術式に刻み、いわばその対象のみを収納する専用の魔法に変えてしまえば複数の物体の取り込みも可能だ。けれど、術式に刻むという行為は術式に大きな負荷がかかり、これもまた6つ以上のものの取り込みは得意では無い。
そして、この弱点を克服する方法は未だ私たちの手元にはない。そのため今は妥協している感じだ。近い未来、もっと便利に収納魔法が使えたらいいなとは思う。
「へー。収納魔法ね。私も試してみようかな。幸い空間魔法は私の得意分野なわけだし」
たしかに主様は空間魔法を応用して重力魔法を生み出した張本人だ。収納魔法を研究してくれれば新たな成果が得られるかもしれない。
「とりあえずどうしますか?出発する準備は終わったので何してもいいですけど」
「じゃあ……タールウェグを見たい。もっと近くで」
「近くでと言うと街に入ってですか?」
「いや、それは時間もないし危険だからやめとく。けど出来るだけ近づいてタールウェグの光景を覚えておきたいの。私が下した命令は何を奪い、何を与えたのか。間接的な言葉じゃなくて、もっと直接的な私の目で」
「…許可しますよ。安全面も私がいるので考慮しなくていいです。あなたが行きたいところまで行って、感じれば」
「うん、ありがとうね」
そう言って主様は歩き出した。
本陣のすぐ目の前にあるのは荒れた地面。森厳騎士団の先陣部隊が待機し、突撃した場所。足跡はいくつもあり、荒れた地面はタールウェグの正門へまっすぐ向かっていた。
主様はそれを見て何も言わなかった。この足跡がなんなのかは理解しているはずだ。そしてその意味が心に来ることを。この足跡は、この部隊は主様の命令がなければ出陣しなかったはずだ。つまり主様が起点となっている。人が通り、足跡を残すことで道と呼ばれるものができる。そのスタート地点は主様。全員が主様の目標であるタールウェグ陥落というものを目標としてこの道をいま、主様へ捧げている。
その道を少し辿ったところで主様は動きを止めた。タールウェグまでの正門まで200メートルぐらいのところで。ここまで来ればタールウェグの惨状が見える距離だ。正門は大破され、死体はそこら辺に散らばっていて、正門の奥に見える市街地は黒焦げの焦土だ。
けれど私たちはあえてこのような状況にすることを選んだ。それは人間たちに大きなメッセージを与えることをわかっているからだ。このメッセージを最初に受け取るのはタールウェグに駐在していた兵。彼らが帰還したときに初めて惨状が公になり、そこから波紋が広がる。兵から兵へ、都市から都市へ。やがてヴァルト王国首都に伝わり、国から国へとつながる。
人間側への動揺、言い換えれば宣戦布告ともなるが、絶妙なところで宣戦布告とは受け取られないだろう。私の考えではヴァルト王国は宣戦布告と捉えるかもしれないが、他国はそう捉えないはずだ。
ヴァルト王国視点、長年自分達のものだった都市を壊滅させられ、さらには主力部隊が留守の間を狙った攻撃。これは完全にアンドレ王国の策略であり宣戦布告だと声明を出すはずだ。
けれどその他の人間の国の見解は違う。タールウェグが壊滅させられたのは事実だとしても、相手からすれば長年の目下の脅威を排除しただけであって、宣戦布告とまではいかない。
ヴァルト王国以外はタールウェグが留守になっていたことを知らないのでこんなことが言えるとも考えられるが、まあ事実を複数の言葉と見解で示しているだけだ。国家としてそれぞれ独立している以上、意見が食い違うことは十分考えられる。
余談だが、このときの予想は事実に限りなく近かった。それは少し先、フィニが直接確かめることになるのだがそれはまた別のお話。
「フィニ、私たちの物語はまだ始まったばかりだよね?」
哀愁ある声で投げかけてくる。まさかとは思うが後悔しているのか…?
「はい。あなた様が人類を終わらせると宣言し、それを目標と定めるならば。私たちの道はまだ始まったばかりです」
「…フィニ、それは間違ってる。私の目標はそんなんじゃない」
「…でしたらなんでしょうか」
「その先の未来、人類を滅ぼしたあとの私たちの幸せだよ。私はその未来をゴールと定めている。だから、その……人類撲滅は1番手っ取り早いと思ったの。ゴールへの道はたくさんあるけど、結局人類を滅ぼせば1番被害が少なくて、長く平和を享受できる。そう思ってた。でもその信条が揺らいじゃった。この光景を前にして、踏み出す勇気がなくなちゃったよ」
「…主様が言う被害とは、誰の被害のことですか?」
「それは…アンドレ王国の」
「では何が問題でしょうか?」
ばっさりと切り捨てる。主様の迷いを。
「今回の作戦、正々堂々とタールウェグと戦った場合、戦死者は今の比べ物になりません。おそらくは10倍。もっと言えば20倍です。けれど主様のおかげでそのようなことは起こりませんでした。タールウェグを誘導し、戦力をあらかじめ減らしておくことがどれだけ役立ったか。主様はもっと、自らの良い点に目を向けるべきです。たしかに主様は私たちに人間を殺せと命令しました。けれどそれはベストなタイミングで、確実でした。なので気負う必要はありません。主様が犯した罪は、副官である私の罪でもあります。堕ちる時は一緒ですが、救われるときもまた、一緒ですよ」
「間違ってないの?本当に?私は、私は信じてくれていた同胞を殺した………」
「関係ありませんよ」
私は主様を抱き締める。強く、強く。不安を吸い取るように。
「主様はこの世界で1番偉いんです。そんな方の名で死ぬことができるなら、死んでいった奴ら本望でしょうよ」
「う…うぅ…。フィニ……!」
主様も抱き締めかえす。私は我が子をなだめるように頭を撫でる。
「落ち着いたら帰りましょう。私たちがこの場から得られるものはこれで全てですから」
5分、いや10分だったかもしれない。私は開けた平野の中でずっと抱きしめ続け、主様へ想いを馳せていた。いつもは大人っぽい人だが、泣くときは泣く。冷めきって乾いている私の心でも、そんな彼女が愛おしく思えるのだ。




