戦の後
「主様、ただいま帰りました」
「フィニ、おかえり。タールウェグの状況は?」
後ろを振り返りタールウェグを見ると、城の頂上にまで火の手が回りもう跡形もないことが確実だった。
「見ての通りです。タールウェグの中に生き残った人間はいないでしょう。対してこちらの被害は150名ほど。それが多いか少ないかは賢明な主様ならわかるでしょう」
「うん。そうだね。それより返り血をきれいにしない?」
「後でいいです。というかそんなついてますか?」
「うん…。もはやフィニの顔がわからないぐらいには」
「<浄化>(クリーン)。これで綺麗になりましたよね?」
「さっきよりはマシになった」
「ではいいでしょう。それより捕虜は?」
「…ああ、あのボロボロの領主?あの男ならテントに入れて見張りに守らせてるよ。処遇に関しては私だけで決めるのもあれだしメモリアも交えて話し合った方がいいかなって」
「はい。メモリアもそろそろ帰ってくるはずです、決定はその後でも問題ないでしょう」
「とりあえず、お疲れ様。よくがんばったね」
「は、はい」
主様の笑顔とその声は破壊力がある。女である私も一瞬ドキッとしてしまった。
ドタドタドタ、と馬が走ってくる音がする。数は1000ぐらいか。そしてその先頭には大きな魔力反応、そして見知った反応だ。
「メモリア」
「ヴィエラ、いい子にしてたか?」
「ちょ、子供じゃないんだけど!」
「成長が止まってない時点でまだまだ子供だろ」
「もう…。無駄口を叩くってことは作戦は順調に終わったってことでいい?」
「ああ。あとは早めにバイフォレストへ帰還するだけだ。だがもう日は暮れそうで今から帰るのは危険だ。帰るのは明日にしよう」
メモリアがそういうと、顔には悪戯を準備したような笑顔が用意してあった。
「それじゃあもう寝ようかな…」
「ちょっと待つんだ。今日はめでたい第三軍初の大規模作戦が成功した日なんだろ?なら宴の一つや二つやっても罰は当たらないって」
「で、でも………食べ物とか」
「安心しろ。荷物の運搬係には食べ物を持って来させている」
「そういえば、何人か明らかに戦地で食べるようなものではない食材を持って来ている者がいましたね」
「そうだ!」
「つまり宴は出発前からの想定事項だった訳か。フィニ、どうしよう?」
「どうするも何もないでしょうよ。楽しんでもお咎めは受けませんよ。せっかくですし楽しんだらどうですか?」
「そっか。じゃあ参加しようかな。私が1番疲れてないんだし」
「おう!では我々は先に宴の準備をしているとしよう。フィニとヴィエラはゆっくりしていると良い」
「分かった」
「じゃあ、時間になったら呼ぶから」
そう言ってメモリアは手を振って去ってしまった。
「あ、領主どうするか話してない!」
「その件ですが、私に一任してはくれませんか」
「ん…フィニ。何か案があるみたいだけど」
「はい。ですので一任していただければ。私が捕らえた男、他人に手柄を取られるのは癪ですからね」
「わかった。任せるよ。殺しても良いし、拷問しても良い。けど最終的な結末は教えてね」
「はい」
やったね。
「では早速あの男の元に行って来ますので」
私もるんるんとスキップしながらあの男の元へ行くのだった。
「お邪魔しますね。2時間ぶりですか?」
「あ、あの時の暗殺者」
本能からか、理性からかはわからないが一歩か二歩下がろうとする。もちろん縛られているため大して移動できっこないが。
「そこまで怯えなくて良いのですよ。あなたの意志によってあなたの未来が決まります。そこはご自由に。ですが、舐めた態度を取るならあなたの首を持ってヴァルト王国の王都に行くこともやぶさかではありませんね」
「王都にそんな簡単に行けるものではないだろう」
「いいえ」
食い気味に否定した。
「それは人間の思い込みに過ぎません。私ぐらいにもなると並の警戒力は突破できてしまいますからね。貴方も知っているのでは?80年前の出来事を」
「80年前……あのヴァルト王国の保有していた最強格の山岳部族が壊滅したことか?だがあれは流行病で亡くなったのではないか」
「それはヴァルト王国が流した嘘です。実際は私が直に彼ら山岳部族の本拠地へ赴き、全員殺していきました。手足をもいで、腑を引き摺り出して……あの日は今でも忘れられない人生最高の日の一つですよ」
思い出される80年前。当時はまだ効率的な人体の破壊方法というのを熟知していなかったため単純な筋力で人を殺した記憶がある。おかげでいちいち手に反動が大きく伝わって生きている感覚を取り戻せた。まあ、あの時は病んでいたからな。しょうがない。
「馬鹿な……。そんな話あるわけない!そもそもそんな長く生きられる訳が…」
「声がでかいですよ。次大声を出したら舌を切り取ります。主様に心配させては私の立つ瀬がありませんからね」
そう言って領主は黙って下を向いた。
「よろしい。まあ信じるも信じないもあなた次第です。私はヴェルト王国にぐらいなら自由に行き来できますから。それより、私がここに来たのには理由があります。あんな昔話をする気はなかったのですがね」
「何が望みだ。情報か?拷問ならお断りだ」
「安心してください。拷問はしませんよ。あなたにあるのは苦痛なき情報提供か苦痛ある死、のみです。どちらがよろしいですか?」
「……腐っても俺はヴァルト王国の一員でありお前ら魔族の敵だ。そんな敵に情報を渡すわけないだろうが!」
即決か。自分の命に関わる決断だからもっと時間がかかると思ったが……意外にも肝が据わっている男だ。
「……その意志を変えるつもりはありませんね?」
「ああ」
「じゃあそれ以上喋るな。もうあなたは必要ありませんから」
けれどそんな勇気と自分の誇りは私の前では意味がない。ただ自分を不利な方向に持ってくだけだ。
「<記憶操作>(オペレイトオブメモリーズ)」
記憶操作魔法。使い道は様々あるが私が放ったのは記憶を術者に開示するもの。つまりこの魔法に当たった時点で拷問はする意味がなくなり、ただで情報を入手できる。
けれど思い出してほしいのは、魔法は万能ではないこと。もちろん拒否することができる。条件としては単純で、魔法を拒否する魔法、<抵抗>(レジスト)を発動すれば良い。<抵抗>(レジスト)は対精神魔法に於いて重要な役割を担う。受けた魔法に込められた魔力量を上回る魔力を<抵抗>(レジスト)に込めることができれば成功。精神魔法にかからずに済む。
つまり、私が男の記憶を読み取れている時点で男の<抵抗>(レジスト)は失敗。もしくは発動していないのどちらか。まあ私はどちらかの真実を見抜く必要はないので突き止めはしないが。
「なるほど……。あなた、なかなかに面白い情報を持っているではありませんか」
記憶を整理し、必要な情報のみを厳選していく。
「お、お前。今俺に何をした⁈」
分かっていなかったのか。ならば<抵抗>(レジスト)はしていない可能性が高いか。
「お前は知らなくて良いです。けどまあ…一言で言うならあなたの記憶を読みとらせてもらいました。これで拷問をする必要はない。あなたを始末すれば終わりです。命乞いは聞きませんので何か言い残すことはありますか?」
「………」
「無いようでしたら殺しますね」
そう言ってナイフを抜いた瞬間男が狂ったように笑い出した。
「ふははは!そもそも俺の人生はタールウェグに配属された時点で終わっていたのだ。魔族との国境を守れ?そんなこと無茶に決まっているだろうが!」
「うるさいですねぇ…」
男はまだ何か言いたげだったがそんなことは無視して首を掻き切った。
「さようなら。あなたの首は必要ありませんね、大して顔が知られて無いようでしたら王都に持っていっても挑発にもなりませんから」
「衛兵!」
テントの外に待機していた衛兵を呼ぶ。
「なんでしょうか?」
「死体を処理しておいてください。終わりましたらこのテント自体片付けてしまって構いません」
「承知しました」
衛兵に指示を出したし、あとは任せれば良いか。それにしてもなぜ最後に狂い始めたのだろうか。私は男の記憶を読み取った。けれど逆に言えば記憶以外のもの、感情を読み取れたわけではない。だから推測にはなるが、おそらくあの男はタールウェグに配属されたことを本心から嫌がっていた。それは彼が生涯独身であったことが裏付けていた。年齢的には結婚してもおかしくない、むしろ結婚すべき年齢だ。
でもそうしなかった。
なぜなら結婚をするということは愛する存在を作るということ。もしタールウェグが我々に狙われたとき、愛する存在のことを考えると辛いからだろう。領主という立場につきあわせ、愛する者が見るも無残な死に方をしたら……なんて考えたのかもしれない。
しかし、彼は領主という立場以外はごく普通の一般人だ。結婚願望もあったような行動が多々見られる。つまり結婚はしたかったのだ。けどこのタールウェグに来たことでその夢は叶わなくなり、最期に彼の中で何かが爆発した。それが彼が狂った背景だろう。つくづく可哀想な男だ。けどまあ、これも運の尽きと考えてもらいたい。
この世界は人間とそれ以外の種族で戦いあっている。人間は他種族を殺し、他種族もまた人間を殺す。これがこの世界の今の理。
「フィーニ」
後ろを振り返ると、金髪の可愛らしい少女がいた。この者こそが今の理を変えようとしているお方だ。
「主様。どうかされましたか?」
「宴会の準備ができたらしいけど、そっちは区切りついた?」
「はい。区切りはつきましたよ。情報を聞き出したのち、処分しました」
「おっけー。後でその情報教えてね。でもまずは楽しもうよ!メモリアたちは既に食べてるよ」
「ええー、あいつ気配りというものができないのか」
メモリア、配慮のかけらもないじゃ無いか!
「あはは。急ご急ご」
そう言って主様に腕を引っ張られながら宴が開かれている本陣の方のテントの方へ向かって行った。
ようやく第一章の終わりが見えてきました




