タールウェグ攻城戦2
10分後。私は城内を一掃し、城にいるすべての人間を殺してきた。そして執務室に戻り領主の身柄を確保する。
「戻ったが…生きているな。逃げなかったようで何よりだ」
「なぁ…これから俺はどうなるんだ」
絶望の彼岸に投げ捨てられたような声で問いかけてくる。
「そうだな、少なくともすぐ殺すいうことはしない。それに、ヴァルト王国の奴らがお前を大切に思っているなら人質として解放して、交渉材料にしなくもない。まあそれはお前自身の今までの功績でわかるだろ。どうだ。本国はお前を欲しがると思うか」
「…………」
「…あまりいい思い出がないようだな。でもそれはお前が今まで仕事をサボったのが悪いということで。今からお前を本陣へ転送する。後は本陣の方へ任せるとしよう」
「出来るだけ寛大な処置を……」
「知らん。お前に情けをかける理由がない。じゃあな」
そう言ってタールウェグの領主を主様のいる本陣の方へ送り、無事私の役目は終了した。処置は主様に任せよう。
私は暇になったから、とりあえず市街地の方で殺戮パーティーを楽しむとしよう。
※※※
「全くフィニは何をしているんだ……」
私、ヴィエラは目の前にいる男の処遇に困っていた。いかにも貴族が使っていそうな高級な衣服に身を包んでいるものの、体つきは平凡なこの男。聞けばタールウェグの領主だというが問題はその状態。
拘束具で身動きが取れないようになっており、さらには足が完全に潰されてまともに立てないような状態だ。こんなやつをどうしろと。
「あーもう。フィニやメモリアさんはまだしもユリさんもいないからなぁ…。本陣には私だけだよ…」
男の目線が私に向けられていて、目が合うと気まずい。だって助けてください!って懇願しているような目で見られても私には今どうすることもできない。だがまあこの男が不憫なようにも思う。本国からの命令でタールウェグに在留してた軍の大半は国の内部へ派遣され、主戦力がまともにいない状態で攻められた挙句、我々による軽い拷問で気持ちも削がれて行ってしまった。拷問を行った者は分からないが、どうせフィニとかじゃないか?上官としての勘がそう言っている。
「とりあえず、お前はここでじっとしていろ。軍が引き上げて来たら処遇は協議するから。衛兵!申し訳ないけどこの人を空のテントに収容してくれない?警備は厳重に。…この体で逃げるとは思わないんだけどね」
「かしこまりました。おい、立て!移動するぞ」
衛兵に言われて仕方なく立とうとするが、やっぱり足に力が入っていない。
「しょうがない。<治癒>(ヒール)。これで立てるぐらいにはなるでしょ」
優しい緑色の光で足を包み込み、傷を治してやった。逃げられるため完全には治していないが、立てるぐらいまで痛みは引くはずだ。
「フィニが帰ってきたら説教してやる」
そう決意したのだった。
※※※
「ふぅ…。こんなものですか」
タールウェグの城を落とし、領主を捕縛したあとは市街地で人間殺戮をしていた。人間たちは武装しておらず、ただの単調な作業となっていたがおかげでかなり欲は抑えられた。やっぱり殺しからしか得られない栄養がある…はず。
歩くたびにべちょべちょと血を踏む音が伝わってくる。この感覚はあまり好きではないな。歩きづらいから。
「おいやべえよあの女暗殺者。一人で300人は殺したんじゃ無いか」
「かもな…。周りに散らばってる死体には近づきたくもないわ。本人も血だらけだけど全部返り血で傷ひとつ負ってない。俺らがまとめてかかっても倒せないな」
遠くからそんな会話が聞こえてくる。戦いの最中常に聴力に気を張っているため普段聞こえないような距離の会話もはっきり聞き取れる。というか2人目のやつ、まとめてかかっても倒せないかもじゃなくて倒せないなって断定してるのおかしくない?もしかしたら倒せるかもしれないじゃないか。
「そこの2人」
「「は、はい」」
ちょうどいいので面倒ごとを押し付けることにした。
「悪いが死霊騎士を呼んでくれないか。あいつらにここに散らばっている魂を喰わせたい。出来るだけ急いで呼んできてくれ」
「「わ、わかりました!」」
そう言ってエルフの騎士2人は逃げるように第三軍の死霊騎士たちを呼びにいってくれた。
死霊は食事をしないと思われがちだが、実はそうでもない。彼らは肉や野菜など主に生者が栄養源とするものを食べてもほとんど栄養を吸収できないが、死者の魂は吸収し、生きる糧とすることができる。いや、死者が生きる糧というのもおかしいか。もうよくわかんなくなってきた。
けど魂を喰って回収してくれるのはありがたい。魂がそこらに散らばったまま放置すると強い怨念となって厄介なアンデッドができかねない。話が通じない化け物を退治するのに手間もかかるし、人員も取られてしまう。だけど死霊たちが魂を回収することでその心配はなくなり、死霊たちも強くなっていける。一石二鳥だ。
「フィニ殿」
「来たか」
「ああ、そこのエルフ騎士に呼ばれて参ったが、魂を喰ってほしいと?」
「そうだ。まだ喰えるか?」
「もちろんだ。我らに胃袋という概念はもとより存在しないからな」
「ありがたい。ここら辺の市街地の方は既に制圧済みで、城の方も落としてきた。あとは魂を回収して、火を放てば終わりだ。私は正門の方に先に行っているからあとは任せたぞ」
「心得た。フィニ殿はゆっくりしているが良い」
「ではお言葉に甘えて」
そう言って私は正門から戦線を離脱することにした。正門までの道は既に血まみれで激戦だったことが窺える。人間の死体の他にももう動くことのないだろう骸骨騎士の残骸も散らばっていた。かわいそうに。
正門に着くと、城壁の上からタールウェグ全体を見下ろしている存在がいた。
「メモリア。そっちはどう?」
「順調だ。私は今回剣を抜くまでもなかった。騎士団の奴らに任せたら私の出番がなくなってしまってな、少し寂しい気もする」
「そう。被害状況は?」
「100名ほどが死んだ。しかしこれ以上増えることもないだろう。この犠牲でこのタールウェグに住む10万人を葬ることができたと考えれば、その数は少ない」
「だね。じゃあ後片付けは任せた。私は満足したから主様のところへ戻る」
「分かった。お前は早くその返り血をなんとかしろ。見る人が見たらちょっと引くぞ」
「ん。でもまだ拭き取らなくていいかな。もうちょっとこの感覚を味わってたい」
「全く、狂ってるな」
この血の感覚は生ぬるくて、鉄の匂いがして、まとわりついてくる。まとわりつくのは血だけじゃなくその持ち主もだ。私の背中には死者が張り付いて離れない。当分は。私が彼らの顔を完全に忘れたときこの重荷は外れる。けれどこのときだけは自分の記憶力の良さを呪う。3年は離れないだろう。
「けど、これもこの世界の断りか」
正門からの帰り道は、やけに足取りが重かった。
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