開戦
肌に感じる生暖かい何か。自身の速さで風を受け、肌が今度は冷たく感じるような、高揚して暑いような不思議な感覚。
「や、やめろ!来るな!」
ズザッ。首を一閃し、断面から血が飛び散る。その血が肌に付着し、ようやく生暖かいものの正体がわかる。
そしてふと気づく。私は血の感覚も忘れているのだと。
「まるで獣だな。お前は」
メモリア?ダークエルフの見た目をしていて、見慣れた甲冑を着ている。……けど違う。彼女はメモリアなようで違う人物だ。彼女は…過去のメモリア。過去の……。
「はッ!」
跳ね起きると周りにメモリアの姿や死体はなくあるのはベッドと毛布だけだった。
「夢か…」
こんな夢、見るのは初めてだ。なんでこんなタイミングで見たかはわからない。……いや、夢を見るタイミングに関係はないか。なぜなら夢はただの幻だから。
「今は何時なんだろう」
もうあまり眠気はないが、まだ周りから音はしない。
「外に出てみるか」
テントの外に出て周りを確認する。やはり物音はなく、日は地平線の下だ。しかしあと1時間も経たないうちに太陽は出てくるだろう。
「そろそろ準備をしないと」
テントの中に戻りメイド服から戦闘着に変える。メイド服はそこそこ動きやすいが戦闘服には及ばない。私はできる限り動きやすくしたい派なのでメイド服は少し重すぎる。
机の上に置いておいたバッグから戦闘服を取り出して、着替える。私の戦闘服はかなり薄っぺらく、重要な部分以外は布で覆われていない。胸の部分はサラシを巻いているためあまり目立たないが、たまに男が群がってきたりする。別にそういう目的があるわけではないのだが。
ナイフは腰のところにあるホルダーに差してあり、その他の小道具は腰だったり腕の手に近い部分や足など、さまざまなところに着けてある。こんなことしてるから戦闘着が薄くなっていくのだが。
私も過去はもっと多くの布を纏っていた。多分今の小道具マシマシの状態と同じぐらいの重さで。でも小道具は重要だと戦闘を重ねていくにつれて分かっていき、今はこの格好で落ち着いた。
ナイフ一本で戦うことの多い暗殺者はどうしても間合い管理が命となり、心理戦での駆け引きが重要となる。そのためには余計は重荷は背負いたく無いし、出来るだけ感覚を残しておきたい。触覚、視覚、嗅覚、聴覚、味覚。使えるものは全部使う。(味覚は使う機会がない)
意外にも五感の中でよく使うのは触覚で、肌が鍵となってくる。だから出来るだけ肌を布で覆いたく無い。
まあ衣装説明はこんな感じにしておこう。今はとりあえず着替えるだけで、フル装備になるのは出陣の直前でいい。
「主様は…もう起こした方がいいのか」
まだ寝させてあげたいという気持ちと、副官として上官にしっかりしてもらいたいという気持ちが拮抗する。…いや、主様に私の前でしっかりしてもらうのは無理か。
でも寝ぼけた状態で開戦の時を迎えられてもそれはそれで困るのでもう起こすことにした。2段ベッドの梯子を登り、主様を優しくゆする。
「主様、朝ですよ」
「んー…そろそろ開戦?」
「いいえ、でも開戦の時には意識が朦朧としていない状態でなければなりませんから早めに起こしておこうと」
「了解……」
ふわぁーとあくびをして毛布から出て梯子から降りる。
「フィニ……その格好」
言われて気づく。
「ああ、そういえば主様には見せたことがありませんでしたね。これが私の戦闘着ですよ。私からすればメイド服よりもこっちの方がしっくり来るまでです」
「そうなんだ」
やけに素っ気ない返しだ。
「主様は一度顔を洗ってきてはいかがですか?主様であれば水魔法で水ぐらい錬成できるはずです」
「分かった。ちょっと外に出てくる」
そう言って主様は外に出て行った。けれど主様の背中はいつもより小さく見えた。
「さて、私も軽く体を動かしてきましょうかね」
私もテントから出て、主様が行った方向とは逆方向の茂みに向かう。ここなら少し開けていて体を慣らしやすい。
軽く体を動かすといっても単なる準備体操で、柔軟をしたりジャンプしたりスプリントをやってみたり。まあ後は小道具たちをこのタイミングで全部装着する。
「主様ー?」
軽い運動が終わりテントに再度戻る。
「もう、フィニ何も言わずに出て行っちゃうから少し心配したんだけど!」
「大袈裟ですね…。それはそうとそろそろ夜が明けます。それが意味することはわかりますね?」
「うん。開戦が近いね。で、私は本陣にいるだけでいいんだよね?」
「はい。そこまでは着いていきますが、そこから後は一度別々に行動することになります。私がいなくてもしっかりしてくださいよ?」
「うん」
「さあ、本陣はこっちです。もうあまり時間がないので既に集まっている可能性がありますね」
「かもね」
少し急ぎ気味で本陣のテントを開ける。
「遅くなりました」
「おはようメモリア」
「おお、フィニとヴィエラか。そろそろ開戦だぞ。既にこの本陣の目の前には先陣をつとめる班が整列しているし、第三軍の方も準備ができたと連絡が来ている」
「そう。ではメモリア、主様を任せましたよ?」
「ああ、命に変えても守ってやる」
「頼もしいです。主様、私は本陣を離れ第三軍の方に行って参ります」
「うん。……良い知らせを、期待してるね」
「はい。では行ってきます」
私は勢いよくテントを飛び出し、自らが率いる第三軍の方に向かって行った。
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