式典のあと
「もう、お父様ったら予定にない無茶振りをしてきて。そんなの脳がフリーズするって」
式典が終わったので現在はヴィエラ様が住んでいる屋敷にいる。ちなみに帰ってきてからずっとこれだ。まあ心労が溜まるのも理解できる状況ではあったが…。
「はいはい。このぐらいのことでヘタレていてどうするのですか。明日から本格的に第三軍として活動していくのですよ?もうちょっとこう、威厳というかピシッとした感じを出してですね…」
「えー、別にいいじゃん。今この屋敷に居るのは私とフィニだけなんだし」
「それもそうですが。というか今日はこの後どういたしますか?特に特別な予定はありませんが」
「んー、なんか疲れたからお風呂入る。バシャっと心をリフレッシュしたい」
「わかりました。今から沸かし参りますので少しお時間を」
「はーい」
そう言って私は浴場の方へと向かった。
この屋敷はなんだかんだ言ってまあまあな広さがあり、浴場へ移動するのにも一苦労だ。
元を考えればこの屋敷がヴィエラ様に与えられたきっかけはあの方がこの国の王女だということだ。言ってしまえば王族への優遇。それならば納得の広さではある。だがこの屋敷にヴィエラ様と私しか住んでいないという点は考慮するべきだった。
しかしそれを国王様に求めるのも酷なこと。ヴィエラ様にメイドや従者、護衛など人選を全て任せた結果私を選び、私以外を取らなかった。流石にこのようなヴィエラ様の行動は予測不能だっただろう。そのためせっかく与えた屋敷の半分以上は使われていない。
そんなことを考えながら浴槽にお湯を張り、軽く手を入れることで温度の確認をする。熱すぎず冷たすぎず、ちょうどいいお湯の温度だろう。これでヴィエラ様を迎える準備ができた。
主人の元へ戻りそのことを伝える。
「ヴィエラ様、お風呂の準備ができました」
「ありがとうね」
「では私は浴場の外で待っておりますので何かあればお呼びください」
「フィニも一緒に入ればいいのに」
「遠慮しておきます。私は一応護衛でもありますからね、武器も持たず文字通り丸裸で護衛が出来るとは思いませんので」
「えー、フィニぐらいの暗殺者だったら素手でも返り討ちにできるんじゃないの?」
「不可能ではありませんが、武器を持っていた方が安全かつ迅速に対応できます」
「もう、フィニにそういう頑固なところは嫌いじゃないけどさぁ。じゃあ私は入ってくるね」
「はい」
そう言って主人はタオルを持ち浴槽の方に入っていった。
私はこの間に主人の寝巻きを用意し、先ほどまで来ていた正装のシワなどを伸ばしておく。材質的にそこまでシワができる代物ではないと思うが念の為だ。シワを伸ばし終わったらハンガーにかけて主人の部屋へ運ぶ。
ヴィエラ様の部屋はこの屋敷だと2階の端の部屋にあたる。今日はあまり入ってこないが日によっては月の光が綺麗に入ってくる。しかしこの部屋も今日でお別れだ。明日から私たちは別の軍施設に移り、この屋敷は第二軍に譲渡される予定だ。まあ、その方が屋敷を有効活用できるだろう。少なくとも今の住人の数よりは増えるはずだ。
ガラガラと浴場の扉が開いた音がした。わずかな音だが暗殺者である私の耳には十分な音の大きさだ。
急いで浴場の方へ向かいタオルを持って待機する。
「主様、体をお拭きします」
「ありがとね」
タオルを使ってごしごしとヴィエラ様の体を拭いていく。王女として最低限の体の出っ張りがあるのは頼もしいことだ。そして意外にも引き締まった体。武芸を嗜んでいるのは知っていたがまさかこれほどに体が完成しているとは想像していなかった。
体を拭き終わりタオルを適当にカゴの中に入れる。その間に既にヴィエラ様は寝巻きを着ていた。
「ふふ。フィニってたまーに仕事が雑になることがあるよね。今みたいにタオルを投げて入れるとか」
「そ、そうですか?もっと丁寧にやれというなら可能ですけど…」
「ううん、それはそれでフィニらしさが出てていいよ。全部ができる完璧なメイドさんはある意味怖いもの」
「それならよかったです」
雑談している間にも私は主様の髪を乾かす。ロングヘアなため手動で乾かすのはなんだかんだ時間がかかるのだ。そのため手からちょっとした温風を魔法で出すことで時短を図る。
「ふわぁー…。ちょっともう眠くなちゃったかなぁ……」
廊下に出た瞬間小さなあくびをひとつ、宙にこぼした。
「まあ今日は式典で頑張りましたからね。早めに寝ても罰は当たりませんよ」
「へへ、そうかなぁ。じゃあ今日はもう寝ちゃおうかな」
そう言ってヴィエラ様はうきうきしながら寝室へ向かっていった。
なんだかんだ可愛らしい方だ。褒めたり慰めたりするとすぐに表情や行動に現れ、いい意味で幼く世話をしたくなる。
「フィーニ。ほら、ベッドの横に来て」
ヴィエラ様はベッドに腰を下ろして私を呼んでいる。それを聞いた私は命令通りベッドの横に立つ。
「よし。私が寝るまでそこにいてね。絶対だよ?」
その声でお願いされてしまうとなかなかの破壊力がある。断ろうにも断れない状況だ。
「わかりましたよ。何かお話でもいたしますか?」
「うん、お願い」
「そうですね…。話と言っても実はレパートリーがあまりないんですよね。何かお話ししてほしいことなどありますか?」
「私はフィニの暗殺者としての側面をもっと知りたいな。なんだかんだ言って一回も暗殺者らしいところを見てないもん。魔族一の暗殺者のこと、知りたいなぁ」
「それぐらいのことなら別にいいですよ。でも魔族一のだなんてやめてくださいよ。私よりも腕のたつ同業者なんていくらでもいます」
「そんなことないよ。少なくとも私はフィニ以外の暗殺者を知らなかったもん」
「当たり前じゃないですか……。名前や顔が割れていたらそれこそ暗殺者失格でしょう」
「あれ?それならフィニは暗殺者として一人前じゃないの?」
「そういうことではありません。まあ色々とありまして…任務で派手にやりすぎたんですよ」
「派手に?」
思い出される、あの日の光景。
「はい。せっかくなのでその話をしましょうか。あれは…いつでしたかね。もう数十年も前の夏の日だったと思います」
あまり思い出したくない苦い思い出だ。