提案
少し長めです。
「……わかりました。お気をつけて」
そういって見送ってしまった。けれどまあ、主様に何かあったらペンダントでわかるし、主様もそれ相応の強さを持っているのでそこら辺の賊軍には負けないだろうという信頼のもと止めはしなかった。
実際、主様ではなく私が王城に出向いたところで国王様に直々に話せるかは怪しい。暗殺者師団という権力を濫用してもいいなら話せはするが、師団のイメージダウンは避けられない。何より今は第三軍としての用事だ。暗殺者師団として私が行くべきではないだろう。
とりあえずは主様に頼まれた仕事を終わらせるとしますか。
※※※
「やっと終わった……」
現地活動班へ作戦詳細を書き、森厳騎士団の長ことメモリアに連絡を取り終わった。特に大変なことはないがただただ面倒な作業だった。自分自身こういった事務作業をすることは少なかったけれど、今の立場になってからはまあまあな頻度で任されている。しかし今まで経験してきていないことをやるとかなりの疲労が溜まる。ずっと文字を凝視して睨めっこするのは辛いのだ。
執務室から出て、キッチンの方へ向かい、珍しく自分用に飲み物を淹れて束の間の休息時間を楽しむことにした。いつもは主様のためにコーヒーやココアを淹れているが、自分のためにするのは少ない気がする。最近……というかついさっき屋敷に帰ってきたときには「フィニはもうちょっと自分を労ったほうがいい」と主様にいわれたので早速そうすることにした。
この屋敷の所有者は紛れもなく主様であり第三軍であるが、軍規定により最高権力者がいない状態ではその次に偉いものがその場を取り仕切ることになっている。つまり、軍規定では現在のように主様が出かけている間は私が屋敷を使っていいこととなる。なのでのんびりとくつろいでも問題はないのだ。
それにしても、軍規定には時々妙なことまで書かれている。先程のものも言ってしまえば当たり前の慣習法に分類されることでもおかしくないのに、このように実
定法として扱う理由はなんなのだろう。
推測ではあるがこの軍規定がそれなりに古いことが原因だ。これは建国当時に作られたものだのでもう何百年も前の権力者が法案としてまとめ、これは一度も改定されていない。なので時々古臭いというかこれいる?というようなものも混じっているのだ。
これは少し学者の域に足を踏み入れるが、時と共に環境は変わっていく。例えば100年前まで魔族と人間は激しく交戦していたのに、今は最前線でのみの戦いに収まっている。このように大勢は時代と共に変わっていく。
法だってそうだ。大昔に決められた法なんて、今では守られすぎて当たり前のこととなっている。だから私としてはそういった当たり前のものは排除していって、新たに時代に沿った法を積極的に取り決めるべきだと思う。それは第三軍にも深く関わっていることだ。
第三軍は元々存在していなかった幻の部隊だ。つい2ヶ月ほど前まではそんな軍は存在していなかった。それが必要とされていなかったから。けれど時代の流れ、主様という野望ある若き王女が台頭してきたことで新たな軍が創設されるに至った。まだまだ未熟で小さな軍ではあるが、兼ね備えている希望はどの軍にも劣らないと自負している。軍というのははそれほどまでに大きな野望を持っている人物がいて、それが具現化されたものだ。そしてそれは新しければ新しいほど野望は大きく、非現実的なものだ。
人類絶滅、私たちはまだその土台にすら立てていない。やらなければならないことは山のように積み重なっている。
しかし今目の前にあることは1つ。タールウェグ攻城戦だけだ。この戦いが私たち第三軍にとって、アンドレ王国の未来に大きく関わってくる。
チリンチリン、と正面玄関のベルが鳴った。ということは扉が開けられ誰かが入ってきたということだ。
「主様、おかえりなさいませ」
帰ってきたのは案の定主様。逆に違かったらそれはそれで困る。
「お疲れ様です。お疲れでしょうから何かお飲み物を」
「ココアで」
「はい」
さっき自分用に作っておいたココアを多めにしていたおかげですぐに出すことができた。
「…はあぁ。疲れた……」
ため息が口から漏れてくる。
「どうしたのですか?国王様に何か言われましたか?」
「うーん、そういうわけではないんだけど……。国王っていう立場にある人はいい意味でも悪い意味でも考えが保守的だからなかなかタールウェグに関していい顔をしなくて」
「あー、そういう……」
国を治める上では保守的な考えは重要だ。今までの伝統や治安、国の形態を守り今まで通りに平和な時代を守っていく。そういう思想はいい方向に転ぶことが多い。しかし、時々時代に合っていないような政策を続行しようとしたり大胆な行動を嫌う傾向にある。今回のようにタールウェグという人間側にとって重要な都市を攻めた暁に何が待っているか分からない。あるのは人間側からの復讐かもしれないし、アンドレ王国の目下の脅威が排除されるかもしれない。保守的な考えを持つ人は何かと悲観する傾向にあるのでおそらくは前者のように考えたのだろう。逆に、革新的な発想を持つ主様は後者、タールウェグの壊滅は長期的に見ても徳があると踏んだ。
ここに私の意見は混ぜるならば後者の方に賛成だ。タールウェグの破壊がもたらす成果は計り知れないものだし、仮に人間からの報復が来ても森厳騎士団が抑えてくれると踏んでいる。メモリアと話した感じ森厳騎士団には戦いを待っている若者の火種が今にも着火しそうな雰囲気だったぽいし。
「さっきも言ったようにお父様はあまりタールウェグに賛同していないわ。そもそも私たちの作戦が成功するか怪しんでいる。私がせっかくタールウェグがガラ空きだって言ったのに」
「まあいいんじゃないですか?少し強硬派のように聞こえなくはないですが主様はこの王国に7人しかいない幹部の1人です。幹部はそれぞれに独自で動かせる軍を持ち、唯一上からの承認がなくとも軍を動かせる人物です」
「だから?」
「つまり主様は国王様に許可を取らなくとも事後報告さえすれば軍を動かしていいということです。なのでいいんじゃないですか?ある程度自由に行動しても」
「そうだねぇ。体裁なんて気にしてたらこの先最善な選択ができないかもしれないからね。……まあこんなこと言ってるけど、お父様には一応許可はもらったよ。攻めるための兵も少しだけど貰うことができた」
「そうなんですか。それは良かったです」
私も主様の近くのソファに座りくつろぐことにした。
「とりあえず私たちは一旦待機?森厳騎士団から返事が来ないことには始まらないもんね」
「お言葉ですが、おそらく森厳騎士団は応援に来てくれると思いますよ」
「なんで?」
「最近では森厳騎士団に所属する若い騎士たちが戦いを好んでいると聞きます。ここ数十年特に大きな戦をしてこなかった騎士団ですし、そういう面でも戦いには参加していただけるかと」
本当はあらかじめメモリアにこの事を伝え、許可をとっているからだが。
「なるほどね。たしかに森厳騎士団は守りの騎士団ってイメージがあるし、人間たちとどんどん交戦していくのって獣王騎士団とか竜鱗騎士団とかだから少し妬ましいというか羨ましい気持ちがあるんだろうね」
「そうでしょうね」
「じゃあ森厳騎士団が参加してくれるっていう前提で話を進めようか」
メモリアと私の関係はなるべく言わないようにすると決めている。理由としては人脈を頼りにされても困るからだ。言い方が難しいが、人脈というのは信頼につながり、それは時に楽観的な危険思想に陥ることがある。
私は別に人脈や信頼を否定しているわけではない。実際、私もメモリアと関係を結んでいるから。さらには第三軍はかなりの小所帯だ。他軍との関わりがないと生きられないのも確か。
けれど過去に関わったことがあるという理由で助けに来てくれたり味方になってくれるかと言われればそれは勘違いだ。
第三軍がピンチになり、もし第三者がどうせ助けに来てくれるから、と楽観視した場合はこの状況からは助からない。だから人脈を頼りすぎてはならないのだ。
「フィニ、私は前線に立つべきだと思う?」
「……いきなりですね。前線というのはタールウェグ攻城戦に実際に赴くということでよろしいですか?」
「うん」
うーん。非常に悩ましい。手を顎につけて真剣に考える。
正直攻城戦は主様がいなくとも成り立ちはする。けれどメモリアに主様自らが最終的に話をつけて人脈を作っとくのはありだ。
「考慮すべきはおそらく主様の命がどの程度危険に晒されるかです。命に問題はなく高みの見物のような形で攻城戦が終わってくれるようなら主様はいくべきです。タールウェグを攻めようと決めた張本人は1番近くでことの成り行きを見守らなければなりません。しかし主様は王女でもありますから、王族が命の危険に晒されては第三軍というよりこのアンドレ王国が傾きかねないです」
「そうなるよねぇ。………でも私としてはやっぱり現地にはいくべきだと思うの。私は幹部という立場にいるけど……実際、人が命のやりとりをしている瞬間は見たことがない。だからこの戦いで私が前線に指揮してることの重みが自分に伝わればいいかなって」
「言いたいことはわかりました。ではこうしましょう。主様は実際にタールウェグ攻城戦には指揮官として参戦します。なので都市へ実際に入るということはしません。タールウェグの外に作る予定の軽いキャンプ地で見守っていてください」
「分かった。作戦司令部の中枢として役目を果たすよ」
「主様の配置に関しては決まりました。けれど問題はそれだけではありません。私をどう扱うかです」
「フィニを……」
「はい。私を主様の護衛として手元に置くか、森厳騎士団や第三軍に加勢していただける兵とともに戦場へ行かせるか。それは主様の裁量の範囲内です」
「フィニか……。これもリスクリターンで考えるべきかな。でも特に深いこと考えないでフィニは戦場に行ってきてもいいんじゃない?私が死ぬ時は人間側の伏兵がかなりの数居たときに限られるから、かなり確率としては低いと思う」
「……わかりました。では私は前線で活動するということで」
「うん、それでいいよ」
手元にあったココアを一口飲み、ほっと息をつく。今早急に決めるべき話題はこれで全て終了した。もう後はメモリアから連絡が来るのを待つだけだ。




