表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/72

稽古

「で、お前は何でここにいるんだ?」


「んー?何のこと?」


 ベッドに横になり我が物顔でゴロゴロしている。


「いや、ここ私の家なんだが」


 森厳騎士団の宿舎の近くにある自分の家。ここは別に騎士団長が住む場所というわけでもないため完全に私有地だ。


「親友なんだからお邪魔するぐらいいいでしょ」


「悪い気はしないが……どうやって入った?入り方によっては通報するのもやむを得ないが」


「ちょ待って待って。メモリアが合鍵渡したんじゃん。20年ぐらい前に」


「ん、そういえばそんなことがあったような」


「このポンコツが。それにしても帰るの遅かったねー。話したのが2時ぐらいだったから既に4時間は経ってる」


 たしかにもう日は落ちかけているが。


「これでも早い方だぞ。ひどいと砦の番で家に帰れないからな。というか早くそのベッドから降りてくれないか。私も座りたいんだが」


「横に座ればいいじゃん。こんなにスペースあるんだから」


 そう言って2人がギリギリ寝れるほどのスペースを指差す。


 え……2人?


「おやー?その顔、私と一緒に寝るのは嫌?」


「くっそ。調子に乗って少し大きめのサイズのものを購入したのが仇になった」


「残念だったね。私はここでメモリアと寝る。それが嫌ならメモリアがどっか行って」


 もー。


「まあ……嫌ではないから我慢することにする。ご飯は?」


「もう食べた。なんならメモリア分も作っといたから食べて」


「お、おう。ありがとうな」


 いつものテーブルに行くと、上に蓋がかぶせてある晩御飯があった。


「いただきます。…って、うま」


 自分で料理上手は自負していたんだがな…。フィニが思っていたよりも料理がうまい。そういえば、王女様のメイドとしてもやっているんだっけか。そりゃあうまいわけだ。


「どうやらメイドという面も嘘じゃないようだな」


「あたりまえじゃん。結構大変なんだから」


「大変か。暗殺師団長の時と比べてどっちが大変だ?」


「どっちかなぁ。忙しいの方向性が違うから、簡単には比較できないかもしれない。けど精神的な面では圧倒的に今の方だね」


「王女様をコントロールするのは間違いなく重労働だな」


「あはは。そうだね。暗殺が本業だったときは部下の子たちが反乱を起こしたり規律を乱すようなことはなかったからさ。私が入った時からずっとそうだし、少しでも乱すと空気が悪くなるし。だから精神面では全く疲れなかったかな」


「私も軍に長いこといるが、森厳騎士団の方は割と緩いかもな。規則はもちろんあるが、どれも軍の中では当たり前のことばかりで実質ないに等しい。だからここ数十年華々しい戦果がないのかもしれないがな」


「そう?まあ確かに昔に比べれば活躍を聞くことは少なくなったか」


 私の意見では森厳騎士団が弱くなったわけではない。昔と比べて技術のインフレは進んでいるし、団員たちもやる気に満ちている。ただ相手がいない。この騎士団の主な役割は都市の防衛であるため、人間側が攻めてこない限りは動く必要がない。


 これは人間側の国力が下がったためにアクティブになっていないのか、国力を温存したいだけなのか。しかしわかっていることは今は平和だということだ。私自身も久しく戦場で血を見ていない。この事実はフィニももちろん知っていることだ。


「また無邪気に暗殺していた頃に戻りたいなー。今は立場が偉くなりすぎてできないし」


「その気持ちはわからなくもないな。私もただ上を見て走っていた時期に戻っていみたい気もする。けど今の立場を手放すつもりはない。そうだろ?」


「うん。やっぱりメモリアと話すのは落ち着くよ。なだめられるっていうか、私の暴れている部分が浄化される気がする」


「それはサンドバッグとしてか?」


「あはは。そういう意味もあるかもね」




「メモリア、こんなに弱かったっけ?」


「うるさいなー。もう一本だ!」


「はいはい」


 フィニに稽古…というか運動相手を依頼されそれを受けることにした。フィニとしてもメリットがあるし、私もフィニと本気でやりあう機会は貴重だからお互いに利益のある時間だ。

 

 しかし、戦いの時間はただただ私がダメ出しされるだけの地獄へと化していた。


「そこは足出さない。足出したらバランス崩れるでしょ」



「攻めのときはフェイントなのか一本取る気なのかはっきりしないと」



「迷ってたらだめ。余計な思考は実力を落とすことにつながる」


 などなど。それはもう多種多様な『アドバイス』をいただいた。


「はぁ、はぁ……」


 疲れたという感情はおくびにも出さずフィニと向き合う。


「疲れたんじゃない?一旦休憩する?」


 しかしそんなことはフィニの前では見透かされていた。彼女は近くに置いてあった水筒を私の方に投げ、水分補給をすすめてくる。


「メモリア、訓練怠ってた?全然手応えがないんだけど」


「怠っていた…のか」


 自分の中ではできる限り努力しているつもりだった。騎士団長としての仕事を全うしながら朝や夕などの空き時間を使って訓練をしている。けれどフィニとの差は以前よりも広がっていた。


 彼女は王女様の近くで働いているので特別練習ができる環境にはない。なのに昔に比べて実力差が離れてしまっているのは私側の堕落と言わざるをえない。


 そもそもの話、フィニというやつは努力をしない。努力や練習といった誰しもが通る道をやったことがない。いや、正確にはフィニがそうと認識していないのか。彼女は殺しという行動を自分の欲を満たすものだと思っている。そのためなら手段を選ばないし、そこに至る過程を努力と見ていない。ただの欲望と思っているのだ。こういうのを天性の才というのだと実感させられる。どう足掻いても彼女に勝てないというのは産まれたときから決まっていたのかもしれない。


「1つアドバイスがあるんだけど」


「ん?なんだ」


「努力とか、練習とかって必要だと思うの。けど、メモリアとかはもっと本能と理性に頼るべきだよ」


「本能と理性?」


「うん。私の中では戦いをする上で必要なのって3つだと思うの。それは本能、理性、経験。これらは密接に関わり合っていて、1つが足りていても他の2つが不足してたら勝てないの。メモリアの場合経験は十分にあると思う。それは今のメモリアの立場が証明してくれている。けど本能と理性が全然育ってない」


「育てるものなのか」


「もちろん。本能は言い換えればその人が持っている戦闘センス。反射神経だったり、急所を効果的に狙ったりと。これらは人によって様々。でもそれは伸ばすことができる。例えば普段から短剣で戦っている暗殺者とかは短剣が突かれる瞬間を一般人より早く認識できる。弓兵は遠くの的を正確に射抜くことができる。こんな感じにその人にあった環境であればセンスを、本能を伸ばせる。メモリアはそれが足りてない。質問だけど、メモリアが今ぱっとあげれる自分の強みはなに?」


「経験だと思う」


「ね?それは本能とは全くの別物。つまりメモリアの本能レベルは一般兵とそう変わらないってこと」


「一般兵と……」


「悔しい?自分の戦闘が一般人と変わらないって言われたこと。もし悔しいと感じるなら育てていきなよ。自分に何が足りないのか見極めてさ。行き詰まったと感じたら私を頼ってくれていいからさ。基本暇だし、メモリアも手紙を書くぐらいの時間はあるでしょ?」


「そうだな。……‥それにしてもわかった気がするよ。フィニが部下から人気な理由が」


「人気なの?」


「ああ。暗殺者師団の長は部下から人気が高いって有名だぞ。だから信頼して、荒くれ者の多い暗殺者でもしっかり規律を守るんだ」


「へーそうなの。てっきり暗殺者はしっかり者が多いんだと思ってた」


 そんなことはないだろ。お前を筆頭に。


「訓練も真面目な人が多いし、責任感強い子もいるよ?」


「そ、そうか……」


 返す言葉なんてうまく見つかるわけないだろ。


「それはさておき、私はもう行くよ。なんだかんだ楽しい時間が過ごせたと思うしあっという間に4日も経っちゃった。出来ることならずっとここにいたいけどそれは主様に怒られちゃうから」


 言葉通り、フィニはまだここにいたがっている気がした。


「わかった。また何かあれば来てくれよ。いつでも歓迎するからな」


「うん。あ、前言ったこと覚えてるよね?実現すればまた近くに会えるから」


「ああー、そういや言ってたな。お前たちの作戦が成功することを祈るよ」


「ありがと。じゃあね」


「またな」


 そう言ってフィニはろくな挨拶もせずにすぐに去ってしまった。いつのまにか私の家にあったあいつの荷物も消えてるし。


 最後までフィニっぽさが全開だったな。




ブックマークと星のほうよろしくおねがいします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ