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ある夏の暑い日

 ある夏の暑い日。私たち森厳騎士団はとある城砦に来ていた。城砦……と言うよりは掘建小屋というかボロ屋の方がイメージが近いが。


 その城砦と言うに足らない建物に騎士団所属の約50人ほどが止まることになった。用件としては交戦地への援軍。そのときの援軍は合計300ほどで、援軍にしては妥当の数だった。しかし、我々下っ端は先頭に立たされた上に泊まる場所もさっき言ったようないつ崩れるかわからないボロ屋だ。不安しかなく、押しつぶされそうな気持ちでいっぱいだったのを覚えている。

 

 いかんせん、そのときは経験が浅く初陣同然だったからさらに不安が増幅された。


 砦を出てから3日後、私たち先頭集団は援軍に到着した。じめじめとした蒸し暑さの中の到着だったと記憶している。しかし到着した瞬間、目に入ってきたのは驚くべき光景だった。


 軍が壊滅し、四肢が散乱、戦いの後というより一方的な虐殺の現場だ。隊員全員が身震いし、体にスーっと冷たい風が入り込んできた。この戦場にはどれだけの化け物がいるのかと。


 そんな緊張が漂う中、視界の端っこで何かがゆっくりと立ち上がった。


 背はそこまで高くなく、男にしては小柄。服はかなりの薄着で、必要最低限な場所を隠してはいたが逆に言えばそれ以外の役割を果たしていなかった。

 典型的な暗殺者の格好であり特徴だ。ただ一点を除けば。


 その小柄な体から発せられているとは思えないほどの圧が私たちを囲んでいた。まるでその空間だけ歪んでいるような錯覚。この『勘違い』はお互いどちらかが動かなければ終わらないと本能的に悟っていた。


「あ、あ……」


 言葉で何か喋ろうとしても声にならない。頭の中で練られた言葉は喉を通ろうとするたび濾過されて声として出るのはそのような情けない声だけだった。


「お前ら、エルフだな?」


 化け物から言葉が発せられる。


 その意味を読み取ることはできるが、それ以上の行動に繋がらない。


「………」


「……答えないのならそれでいい。どうせ森厳騎士団の援軍だろう?残念ながら見ての通りここは既に用済みだ。おそらく他に援軍を求めている場所もない」


 は、はぁ。


「反応がないと伝わっているか怪しいのだがな…。まあいい。せっかく来てもらったんだ。ここら辺にある死体、片付けるのを手伝ってくれないか?独りでやるには大変すぎてな」


 独りでやるには…?

 

 まさかこの者だけでこの場を制圧したと言うのか?にわかに信じがたいが…あの圧から見ても実力がある程度わかってしまう。


 信じたくはない。この世に、そんな強い存在がいることを。現騎士団長はたしかに強い。さらにはアンドレ王国の幹部、全員が英雄クラスに届く実力を持つ。


 しかしその英雄たちがいま目の前にいる小さな暗殺者に敵うかと問われればそれはどうしても素直に首を縦に振ることができなかった。今まで感じたことのないような違和感の塊が通り抜けていく。


 そもそも、私はまだ新米だ。入って10年。年もまだ若い。そんなひよっこが立ち会える土俵ではないのだ。生きてきた世界が違う。その言葉をずっしりと感じるようになった。


 

 そんな気持ちに浸りながら死体撤去の作業を終えたころには、辺りもすっかり暗くなっていた。松明が必須でなくては数メートル先も見えない。


 その後、どういう流れで寝ることになったは覚えていないが我々はテントをひいて床についた。が、周りはみんな寝ていたのに私だけは眠ることができなかった。昼の光景が頭から離れてくれなかったのだ。四肢の散乱する地獄絵図と言って差し支えない光景。そんな中、1人だけ死体の山の上に座る覇者。


 私は子供のようにただ憧れていた。その強さが新たな目標になった。


 興奮は収まる気配がなかったため、一度テントの外に出て空気を吸うことにした。近くの森の茂みに入ると、だんだんとひらけてきた。ガサガサと音を立てながら移動し、茂みの外に出た。

 はあはあと少し息が切れていて膝に手を当てていると、人がいる気配がした。


「お前……こんな夜中に何で歩いているんだ」


 昼間会った暗殺者だ。


「何でって……夜の空気が吸いたかったから?」


「はは、変なやつだな。お前、名前は?」


「メモリア・フォレスト。お察しの通り森厳騎士団所属」


「メモリアか。いい名じゃないか」


 いきなり褒められて驚いた。


「ありがとう、ところで君の名は?」


「フィニ…と名乗っている」


「偽名?」


「そんなもんだ。元々私に名前なんてものはないからとりあえずフィニと名乗っている。暗殺者だから、時々名が変わるがな」


「名前が…ない?」


「ああ、孤児だったからな。お前は苗字も持っているということは家的にかなり裕福なんだろうな」


「そんなことは……」

 

 咄嗟に否定した。


「安心しろ。別にそんな家柄に興味があるわけではない。ただ生まれた世界も、生きてきた世界も違うということだ。お前はさっきから私と話すたびに少し緊張している。圧に押されての緊張、というよりは憧れに近い緊張だ。私の強さを見てのことだろうが、今のお前では私のようになることはできない。さっき言ったように住んでる世界が違うからな」


「じゃあどうすれば」


「簡単だ。強くなりたいのなら自分を厳しい環境に置け。お前はそれなりに努力しているのは見てわかる。年にしては筋肉のつき方や体の使い方がしっかりしている。だが今の環境ではこれ以上の成長は望めない」


「厳しい環境って、具体的に…」


「うるさいなぁ。私は別にお前のカウンセラーではないんだぞ。そのぐらい考えろ。だいたい、お前は私と同い年だ。同い年に頼るなんてみっともないと思わないのか?」


「同い年なの…?」


「疑問で返すようで悪いが何歳だ?30歳ぐらいだろ?」


「…正解。30歳ぴったり」


「私もだ」


「そんな……」


「なんだ?ショックだったか?」


「そんなことは…ない」


 嘘ではある。だが、どちらかというと驚きだ。


「まあもういいだろ。早く寝るんだな。どうせまたいつか会えるしな」


「うん。フィニ、だっけ。また会おう」


「ああ。今度会うときは大きくなってろよ。アドバイスもあげたんだ。弱くなってたらタダじゃおかない」


「はは、厳しいな」


 彼女との会話は今でも鮮明に覚えている。教官でもなく、厳しい叱咤を吐かれたわけでもない。けれど、この出来事が私に最も成長を与えてくれたのは間違いない。実際、この言葉を信じて己を厳しい環境に置き努力していった。その結果が今の森厳騎士団長という立場に繋がっている。

 

 言ってしまえばフィニは恩師なのだ。自分を充分に成長させてくれた。その後もフィニとはたびたび戦場で一緒になり、その度に会話を交わした。交流は深まっていき、今ではタメ口でお互い愚痴をこぼしても気にしないほどの間柄だ。


 今回のように暇だとか言って突撃してくることもしばしば。それは過去の自分からすれば光栄なことだ。昔のままでは実力的にフィニと張り合えるわけもなく、一瞬でボコボコにされる。そもそもフィニが相手として認めてくれない。けれど今は違う。相手として抜擢され、剣を交えることができる。

 まあ…勝てるかと言われればそれはまた別の話だが。


 

 過去の回想はそんなモノだった。今となっては80年ほど前のことだが今でも蒸し暑い空気を吸うたびにあの光景を思い出す。



フィニは今はかなり穏やかというか丸くなりました。

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