旧友
今回からは個人的お気に入り回です。
突然できた自由時間。何に使おうか非常に迷っていたが、ふと思い返してみると最近体を動かしていないことに気づいた。朝起きてからご飯を作り、主様の仕事の補佐、それだけだ。屋敷でのんびりと主様のフォローをしているだけで随分と怠けてしまっている。
体を動かす機会と相手がいないか頭の中で探す。しかしまあそんなことは思い当たらない。ということでないなら作ればいいという結論に至った。私と同じ戦闘狂で、実力も申し分ない相手が。
ただ難点はその人が忙しいところ。仲はいいから気軽に話しかけられるが、訓練相手になってくれるかはまた別。いやまあ喜んで受けてくれそうだがいかんせん時間が。
けれど行動しないより100倍ましなのでその人に連絡を取ることにした。
手紙を書き、連絡用の鳥にその手紙をのせる。多分到着までに1日ほどかかるが距離から見るにとても早いだろう。
「さてと、準備しますか」
持っていくものは実は特にない。寝泊まりすると言っても今回は私服で行くので別に着替える必要もない。お風呂?魔法で解決。
実際戦場ではもちろんお風呂なんてないので魔法で済ますことが大半だ。それは暗殺者とかだから、とかではなく全種族共通の事柄だ。しかし、魔法は優秀ではあっても完璧ではない。一生その魔法だけでいいかと言われればそんなことはない。時間が経てば自分自身が汚れていることに気づく。でも魔法は優秀なので魔法だけでも衛生面は1ヶ月は持つ。今回の『遊び』はせいぜい5日。十分だろう。
なので荷物は格闘用のナイフと私服、運動着のみ。非常にコンパクトだ。
「行きますか……」
鳩便がついたすぐ後に行っても問題ないだろう。多分……。
※※※
久しぶりに鳩便で連絡が来たと知らされた。相手はわからないが、どうやら私宛てに書かれたもののようだった。連絡を取り次いだ者も中は見ていないという。
私はその手紙を自身の部屋で開ける。この部屋は代々騎士団長が使ってきた部屋だ。そこは仕事場であるとともに伝統が詰まっている。
「これは……」
手紙を開封すると、その送り主は今はどうしているかわからない古き友だった。
「あいつ……。全く、呑気に手紙なんて寄越しやがって。直接来ればいいものを」
「そう?この手紙、要らなかったか」
一瞬にして持っていた手紙を奪われる。
「久しぶりだね、メモリア」
そこには久しぶりに再会する1人のエルフがいた。
「ちょ、お前いつからそこに居た?」
「あの連絡を取り次いでくれた子の後ろをついてきてた。もしかして気づいてなかったの?」
「あ、ああ…」
「もう、これだと森厳騎士団の名が泣くよ?」
私はこの王国にある4騎士団の団長の1人だ。その名は森厳騎士団。エルフとダークエルフで構成された騎士団で、剣の扱いに長けた者が多く所属する。
自分で偉い立場にある、とはあまり言わない主義だが腐ってもこの国7人の守り手の1人だ。そんな者の執務室がこう簡単に侵入されては不安が残る。
「で、今日は何の用だ?まさか手紙に書いてあったことが本音とは言わないよな?」
「そのまさかだけど。体動かしたいからメモリアに頼みに来た」
……正気か?
「仮にも私は忙しいんだが」
「大丈夫でしょ。今は休憩時間だったみたいだし休みぐらいあるはず」
否定はできない。忙しくはあるがそれなりに休みもある。大体1ヶ月に3日ほど。軍換算ならかなり多い方だ。休みなんてないという者もザラにいるし、ましてや軍の闇に押し潰されている者もいる。
「ま、まあな」
「なら私と戦う余裕ぐらいあるはず」
「ちょ待て。そこがおかしい。第一、お前は今仕事は?」
「んー、実質フリー?」
「どういうことだ?軍にはまだいるんだよな?」
一瞬不安になる。
「うん。今は第三軍で働かせてもらってるよ」
「第三軍というと……あの王女様か」
「そうだね」
王女様の噂はつくづく聞いている。幹部に就任される前から魔法に才があるとして軍関係の仕事に携わるのではないかと噂されてはいたが、まさか幹部に就任されるとは思ってもいなかった。
最初は失礼な話、国王様の可愛がられてのことだと思っていたがあの就任式以来少しずつ私の中での評価が変化し始めている。あの堂々たる態度。自分がこの国守り手であるという強い確信。それを初対面の時から、体の芯を持って感じた。
しかし、王族というのは時によって態度を変えることができる。それを偽りだと感じさせないほどの演技力で。その疑いがあったが宣言の時に私が、いやその場にいた全員が感じたはずだ。
本物だと。
そんな方の下でこの荒くれ者が働いているとは。
「その王女様は最近どうなんだ?私も気になるんだが」
「自分目線からすれば優秀、だけどそれなりに欠点もある」
「ほう。何でだ?」
「簡単な話、作戦立案とか戦闘に関してはある程度認めてもいい。けど性格はいただけない。振り回されることが大半だしいつか私が傷つきそう。でも主様にもそれなりの事情とか気持ちはあるからそれはできる限り尊重してるんだけどね」
「事情か」
「そう。どうやら、王女という立場はあまり気に入っていないらしい」
「そうか。まああの反応というか態度を見てれば現状に満足していないのは目に見えていたからな。しょうがないだろう」
「元々が自由を愛す性分だったからね。何かと縛りが多い王族というには合わなかったようで」
「それは大変だな、お前も。具体的にどういった立場で補佐しているんだ?」
「一応は副官であり護衛でありメイド」
「3つも兼職してるのか。それよりメイドって何だ?」
「目立たないようにするためとか?」
疑問が疑問で返ってきた。
「何でわかっていないんだ……」
「わかんないよ私だって。いきなり護衛に任命されたかと思えばメイドとして振る舞ってねなんて。私が聞きたいぐらいだよ」
「お前なんかはメイドに1番適さないと思うんだがな…」
いきなり友人の姿が目の前から消えて、私の後頭部に痛みが走った。
「いっった。何も殴らなくてもいいじゃないか…」
「メモリアは頑丈だから多少殴っても大丈夫」
いや違うだろ。喉まできた言葉をグッと引っ込める。
「でもなぁ、あの伝説の赫の暗殺者がメイドなんてな」
「その二つ名はやめて。恥ずかしいから……」
この二つ名を言うたびに友人はかなり恥ずかしそうにする。いじりたい時にはピッタリだ。乱用は厳禁だが。
だってあいつ、怪力がすぎるんだもん。私たちは女だけど、2人とも戦闘力では世界最上位に君臨すると自負している。しかしそんな私から見てもフィニの運動神経は手に負えないし、運動神経だけ見れば男女混合でも1番何じゃないかと思うほどだ。
「メモリアー、結局受けてくれる?私とのファイト」
「拒否する理由もないが……こっそりと、私のプライベートを削ってだ。業務時間を無下にすることはできないからな」
「それでいいよ。プライベートで空いてるのはいつ?」
「今日は無理だが…ここ3日は空いてるぞ。それぞれ1時間ほどだが」
「結構暇だね」
「ぐっ……」
その悪意のない一言が胸に突き刺さる。
「ひ、暇ってな…。お前は森厳騎士団長の仕事を分かっているのか?」
「わかってるよ。森厳騎士団は前に出て戦うより近場で戦闘を済ませることが多い。特にこの本拠地であるバイフォレストを中心として。多分、国王様もメモリアも遠出するつもりはないんじゃない?バイフォレストは結構重要な都市だし、守りは1騎士団使ってでも死守したい。だから留守にすることは少ないし、いっつもここに駐在してるイメージ」
「そうだな。その守りが大変だっていっているんだ。ここは騎士団を名乗っているが、剣で戦う近接部隊と弓で戦う遠距離部隊どちらもいてそれぞれを1つにまとめるのがどれだけ大変か。若手の育成もそれぞれ対応する奴をつけないといけないし……」
「わかったわかった。別に私はメモリアの愚痴を聞きに来たわけじゃないの。ただ戦闘相手が欲しいだけ。そしてそのアポもとれたし、私はもう行くよ?」
「あ、ああ。せっかくならもう少し談笑してもいいが……」
「いやいいよ。騎士団長様も暇じゃないだろうしね。もう行く。明日、何時だっけ?まあ何時でもいいや。私の気が向いた時にくるからそのつもりで」
そう言うや否や目の前からスンッと姿が消えてしまった。まるで霞のように、どこかへ。
「相変わらずだな、あいつは」
友人と初めて会った時のことを思い出す。今思ってもぶっ飛んでいた。
メモリアはこの後も出てくる重要人物です。




