王城の地下
「………よし。これで最後っと」
「これで作戦の伝達も無事終わりましたね」
昨日のうちに紙にある程度作戦を書いておいたおかげで、今日はその作戦の続きを書いて封をするだけだった。
「それでは私はこの手紙を伝令役へと渡して参ります」
「直接?」
「はい。第三者を経由するのは好手とは言えません」
「でもその伝令役の子の居場所はわかるの?」
「もちろんです。彼女は暗殺者なので、おそらくここにいるだろう…というぐらいまでは予想できています」
「わかった。私はどうしてればいい?のんびりしてていいの?」
「いいですよ。頑張りましたからね。けど、申し訳ないですが屋敷の地下に閉じこもっていてくれませんか?私がいない留守中に何か起きたら対応ができないので」
「了解」
「いいですね?絶対ですよ?」
一応念を押しておく。
「はーい。フィニが帰ってくるまでは地下で魔術書でも読んでる」
「お願いしますね。それでは行ってまいります」
「行ってらっしゃーい」
何日ぶりかはわからないが、久しぶりに外に出た。屋敷の中とは違って、解放感あふれるいい空気がする。やっぱりこういう自然を感じる空気は澄んでいる気がする。
で、話を戻すと今回の目的地は伝令役であるマーシャがいるであろう秘密の訓練場だ。秘密の…というほど秘境にあるわけではないが王都の中ではかなり目立ちにくい場所にあると思う。
その場所はズバリ王城の地下。王城の地下には色々な噂が一般市民の間では飛び交っている。政治犯が収容される牢があるだの公開できないような魔道具が保管されてるだの。まあ一部は核心をついているものもあるが、メインは暗殺者師団の訓練場だ。師団に入っていないと立ち入りはおろか場所すら把握できない。だからこそ秘密の訓練場と言っても差し支えないだろう。
訓練場には大半の暗殺者が四六時中訓練に励んでいるからそこにマーシャもいるだろうという推測だ。ただ……私はあまり行きたくない。理由は色々あるが、まだ新兵の時にやらかしたり、教官になってからも何回かやらかしたりとまあ思い出深いと言えば思い出深いが。私も今までの人生のうち何十年をあの場で過ごしたのか見当もつかない。だからやらかしの数が比例して多いのだ。
王城の地下に入るにはいくつかの工程を踏まなければならない。まずは大前提として王城に行く。しかしここもポイントで、王城の表門を通るよりも裏門を使った方が圧倒的に早い。裏門側に近い場所に入り口があるからだ。
裏門は表門に比べたら警備も薄い。だがそれに反して門の大きさはそこまで小さくはない。なぜなら荷物の搬入は全て裏門で行われるからだ。常識的に考えて王城の真正面から馬が中まで入っていくかと言われればノーだ。裏口に馬などが入る場所が確保されており、馬車はそこに止まって荷物の積み下ろしをする。目立ちはしないが、とても重要な役割を担っている。
今日も3台ほどの馬車が荷物の積み下ろし作業をしていて、それを横目に王城の中へ向かっていく。無事、王城に入ることができたら次に行くのは地下室の入り口だ。場所はとある部屋の隠し扉。隠し扉なだけあって、注意してみてもとこが扉と壁の境目かあまりわからない。まあ常套手段ではあるが見つけるのはそれ相応な時間がかかるし、そもそも王城に侵入できる者がいるかわからないが。
隠し扉を開けると、ヒューッと冷たい風が身を突き刺してくる。地下特有の匂いと共にその風は自分の体を確認しているようだ。私は目の前に出てきた階段をゆっくりと降りていった。階段の終わりには結構な広さで空間ができていて、そこが暗殺者のねぐらとなっている訓練場だ。
案の定、何十人、何百人という規模で模擬戦を行なっていた。辺りにはナイフが重なり合う音が幾重にも聞こえ、それ以外はとても静かだ。戦闘に関してアドバイスもするが、その口数はとても少ない。
……このような空間を作ったのは私だが、いつ見ても寂しい。明るい雰囲気が微塵もないのはどうかと思う。
「マーシャさん」
マーシャを見つけて小さく声をかける。ちょうど今は休憩中だったぽいので声をかけても問題なかった。
「どな…た?」
「フィニです。まったく、いくら気配を消しているとはいえ上官を認識できないのはどうかと思いますが?」
「せ、先輩⁈︎す、すみません。気づきませんでした……」
「暗殺者たる者いくら休憩中といえど、気配を消しているものを認識できるようにしていなさい。これでは不意打ちされても文句は言えませんよ」
「以後気をつけます…。ところでどのようなご用件ですか?」
「こちらをお渡しにきました」
私はメイド服のポケットから作戦詳細が書かれた手紙を渡す。
「こちらは……」
「見ればわかります。紙に書かれた通りに行動して下さい。健闘を祈っています」
私は背を向けてそそくさと帰ろうとする。
「ちょ、もうちょっとお話を……」
しかし引き止められた。
「なにか用が?」
「……いえ」
「では私がここにいる理由は特にありませんね。……でもまあ、あなたが何を言いたいか察することはできます。おそらくですが久しぶりに稽古をつけてほしいのではないですか?」
「そう、です。やっぱり先輩には全てお見通しですか」
「あなたが入隊した時からずっと上官として過ごしてきたんですから、心のうちぐらいは分かりますよ。…それにしても稽古ですか。何時間も通してつけることはできませんが、小1時間程度ならできますよ。そうしますか?」
「お願いします」
迷う素振りもなく即答された。
「了承しましょう。武器はナイフと魔法両方を使っていいですよ。私はこの服で、ナイフは一般的なものにしますから」
「ありがとうございます」
彼女は軍人であり暗殺者だ。規律は守るタイプだし、訓練にも実直に向き合っている。強さも中の上か上の下。その年齢からすれば十分な方だと思う。しかしだからこそ、もっと強くなってほしいのだ。
私は上官という立場であるため大抵の人とは1回はナイフを交える。しかし誰か1人に何回も稽古をつけるようなことはしない。つまりマーシャは周りからすれば少し異質なのだろう。そのせいでマーシャが避けられているとか、いじめられているということはないが、少し周りから見られる目が変わっている。嫉妬というよりは、尊敬の眼差しで。
私もなぜ彼女に強くなってほしいとこんなにも強く思っているかは知らないが、それはおいおい判明すればいいだろう。
「お願いします」
そんな考え事の世界から、マーシャの気合の入った声で現実に引き戻される。そういえば稽古をつけていたんだった。
マーシャは冷静な人柄だから初手から不意打ちのような感じで仕掛けてくる気配はない。しかしこちらから仕掛ける義理もない。私は半歩だけ下がりマーシャが踏み出すよう『誘導』する。
前線をずらすというのは戦いにおいては2つの意味をもつが、そのうちの1つが誘導だ。半歩下がることにより相手も無意識的に前線を維持しようと半歩足を出す。その瞬間が狩場となる。
マーシャが半歩出した瞬間私は足を払い、手に持っていたナイフを取り上げる。
「甘えですね」
「も、もう一本」
先程没収したナイフは返してあげる。でもこちらがやることは変わらない。半歩下がり、相手の出方を窺う。今度はマーシャが半歩出さないのでこちらから仕掛けることにした。
彼女の顔の方にナイフを突きつけながら前線を詰め、本能的にマーシャはナイフの先端のラインから逃れようとする。今度はその瞬間が狩場だ。
逃れようとした時点で重心が崩れ、ベストだった体勢から変わってしまう。そうなれば後はいつも通り相手のナイフを避けながらこちらのナイフを首に当てる。これでチェックメイトだ。
「前線を下げるという誘導に乗らなかったのは偉かったですが、そこからがおろそかですね」
「どうやったら誘導の引き出しを増やすことができるのですか?」
「実践経験と慣れです。このような形式の練習は毎日しているはずですから、普段から誘導を意識して戦ってみるといいでしょう。付け加えるなら誘導というのは言ってしまえば本能を意図的に引き出すものです。さきほどあなたはナイフの先端から逃れようとしましたよね?なぜですか?」
「それは……」
答えにつまる。
「理由なんてないでしょうね。だってそれが本能ですから。ナイフは尖ったものであり、殺傷能力があると体に刻み込まれています。そこから逃げようと思うことなんて当たり前です。その当たり前をいかに相手から引き出し、こちらは出さないか。それが駆け引きというものです」
「なるほど……。ありがとうございます。何かわかったような気がします」
「それならよかった」
メイド服のポケットに入っている時計をチラリと覗き時間を確認する。
「そろそろ1時間ですね。私は帰らねばならないのでこれで失礼します。あの手紙、しっかり読んでおいてくださいね。それではまた」
今度こそ訓練場から出て、急いで主様の元に向かう。こうしている間に主様が地下をめちゃくちゃにしている可能性があるので早く行かなければ。
フィニはかなり強く、教えるのが上手です。あとなんだかんだ主様が好きですね。
 




