第一話
この世界には暗殺者という人々がいる。闇の世界に生きる、この世界の深淵を一手に引き受けるものたち。人を殺すことに一切の感情を持たず、ただ命令に従い任務を遂行する。
闇の中で、光が届かない暗がりで。誰にも賞賛されない、虚しい世界で。
これは暗殺者として戦う、1人の魔族を描いた物語。
※※※
「……主様、主様。朝ですよって、また本を寝床へ持ち込んだんですか?」
「ん……?いや、これは違くてね……」
「なんでしょうか。言い訳なら聞きますが、それで私を納得させることができますか?」
「はい……ごめんなさい」
「それでいいです」
腕に抱えるほど大きな分厚い本を寝床に持ち込むとは……。困った主人だ。
「はぁ。ほら立ってください。お着替えを済ませますので」
主人の寝巻きを脱がせ、服を選んで着させる。もちろん、本は届かない位置に置いて。
「この服、似合ってる?」
1回転しながら鏡を見て服装を確認する。
「似合ってますよ。この白色の服とか、主様にピッタリじゃないですか」
「そうかなぁー」
そう愚痴を漏らしつつ主様は食卓に座った。実際、その白色の服は似合っていると思う。可愛らしいお顔と白色の清楚なイメージは相性抜群だ。今日は対外向けの式典ということもありいつものラフな服装ではダメなのだ。
「朝食をお持ちしました」
朝食の乗ったトレーを主様の目の前に置く。
「ありがとね、フィニ」
「いえ、これもメイドの仕事ですから」
私はメイドだ。主人の身の回りのお世話をし、快適に過ごせるようサポートする。それが『メイド』としての仕事であり嗜みなのだ。
主人が食事をしている間は、もちろんその傍に立っている。邪魔にならない、程よい距離で。この距離管理も慣れないとなかなかできるものではない。
「フィニ、今日の予定を教えて」
「はい。午前中は式典に向けて準備をするため王城へ行き、動きの確認や衣装を整えるなど最終確認を行います。そして午後すぐに式典があり、それが終わり次第この屋敷に戻ってくる予定です」
「それはまた忙しいね」
「そうですね。ですがこのような行事も重要な仕事の1つです。しっかりこなしてくださいね」
「分かったよ。このお皿片付けてくれる?」
「かしこまりました」
もう用済みの食器をシンクへと放り込み、再度主人の元へ戻る。
「で、もう馬車の準備はできてる?」
「はい。既に外に待たせてあります」
「流石、仕事が早いね」
屋敷の表にでて馬車に乗り込む。馬車は少し豪華で、貴族階級の者が乗るであろう雰囲気を持っている。
主様が先に乗り込み、私が後から入り扉を閉める。そうすると御者もそれを感じ取り出発してくれる。
馬車の中で向かい合って2人になってみると、改めて主様をよくみることができる。金色の髪に白色の服を着ていて、靴はブーツを履いている。そしてその慎まやかな胸は出すぎず小さすぎずなんとも言えないサイズだ。
しかし実際、王女という身分である彼女にとってはちょうどいいサイズなのかもしれない。
「どうしたの?私の顔になんかついてる?」
「いえ、なんでもありません。今日もお綺麗ですよ」
「へへへ、そうかなぁ」
ニコリと頬を緩ませ笑ってくれる。少し前までとは大違いだ。
ガチャン、と馬が止まり馬車全体が揺れるのがわかる。王城に着いた合図だ。
「主様、王城に到着いたしました」
「うん」
私は馬車の出口のそばに立ち、小さくお辞儀をする。そして主人が歩き出すとともに後ろからついていく。
どうやら長年、メイドや従者は主人の前を歩くのか後ろを歩くのか議論されてきたらしい。先導という意味ではもちろん前の方が良いと思うのだが、それでは主人が目立ちにくい。しかし後ろに立っては主人がどこへ行ったらいいかわからず恥をかいてしまう。要するに、一長一短なのだ。よって私が出した結論は状況によって臨機応変に対応すること。王城のように主様も地形を把握している場所では私は後ろを歩くべきだし、初めて来るような場所では私が先導する。
まあ、新米メイドである私にはごく最近になって突きつけられた問いだが。
王城に入ると、まず飛び込んでくるのはその豪華さだ。廊下には赤色と金の刺繍が施されたカーペットが長い廊下一面に敷かれ、時折見せる彫刻や絵画はその権力を指し示していた。しかし、その地形はかなり覚えづらいものになっている。
実際、この王城という場所はひどく入り組んでいる。角を曲がれば廊下が続いているところもあれば行き止まりになっていることもある。要するに迷路なのだ。
しかし、この嫌がらせとも取れる入り組みようはしっかりとした意味がある。それは侵入者を足止めすること。この世は今、戦争をしている。今日も誰かが血を流し、世の中が動いている。そんな状況はこの王城にも重々しく響く。
ではその相手は誰なのか?
いや、それは『誰』などという小さな枠組みには収まらないのかもしれない。相手は種族全体。人間だ。人間と魔族、その2派閥に分かれて戦いをしている。
「フィニ。この部屋でいいんだよね?」
「はい」
そんな考え事に水を差すかの如く主人が声をかけてくる。
主人が入った部屋は先ほども言った式典について準備する部屋。入れるのは主人と私のみ。つまりこの部屋は貸切だ。
私はあらかじめ持っておいたバッグから主人のために作った衣装を取り出す。
「お、それが今日の衣装?」
「そうですね。と言っても、これからずっとこの格好ですよ。これはあなた様にとっての正装です。着替える理由もないでしょう」
「分かった。その衣装、着せてくれる?」
「はい」
綺麗に畳んである衣装をバッと広げ主人に着せていく。
「フィニ…これ、似合ってる?」
鏡を見ながらまた1回転して自らの衣装を確かめている。
「似合っていますよ。この衣装は私が主様に一番似合うと自信を持って作ったものです」
上は白のシャツに黒色のコートを羽織った形でその裾は足の方へ伸びている。そしてコートと一体感を出すためにスカートも黒色でおしゃれに金色の留め具もつけた。
「え、これフィニの手作りなの?」
「はい……そうですが」
「すごいね。やっぱりこれもメイドスキルの一端だったりするの?」
「何を言っているのですか。私はメイドではありますが、本職は別にありますよ。まあ服作りは趣味と言えばいいのでしょうかね」
「本当に着心地がいいよ。気に入った。これなら1日中着てても大丈夫かも」
「お褒めに預かり光栄です。では最後にこのアクセサリーを」
そう言ってバッグからアクセサリーを取り出す。
「首にかけるものですね。御守りとでも思ってください」
「何か特別な効果でもあるの?」
「何か異常があれば私が気付くようになっています。あなたは護衛対象ですからね。万が一のこともカバーしたいので必ず身につけておいてください」
「はーい」