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34-11 色褪せない記憶 ルナの矜持

 プラネタリウムカフェでの昼食を食べ終えるまでの間、リリアンはあまり話さなかった。フェリクスは何事もなかったかのような顔で今まで見たローゼン・フェストの出展の感想を述べ、アンジェもそれに乗じる。リリアンはもくもくとパンを食べながら、二人が話している様子をじっと見つめている。視線を感じ、アンジェとフェリクスがリリアンに話を振っても、リリアンは曖昧な同意を返すばかりだった。


「さあ、行こうか」


 食事を終え、おかわりの分のお茶も飲み終え、フェリクスの言葉を合図に三人は席を立つ。リリアンは相変わらずじっとアンジェを見てくるばかりだったが、アンジェがリリアンに手を差し出すと、おずおずと手をつないだ。フェリクスがそれを眺めて上機嫌にニコニコとしつつ、一同はイザベラの天秤(ヴァーゲ)クラスへと向かう。

 

「リリィちゃん、昨日はわたくしのせいで、ごめんなさいね」

「……いいんです。しょうがないです」


 廊下でアンジェが謝っても、リリアンの返答は素っ気なかった。


 到着した天秤(ヴァーゲ)クラスは、先日の服飾部の更衣室と同じく、重厚な天鵞絨(ビロード)のカーテンによる装飾で飾り立てられていた。この時代の感覚では格式のある──アンジェの目から見れば色彩や装飾品が、ゴスロリの世界観となるように選ばれていることが分かる、それはそれは壮麗なつくりだった。入場整理をしていた男子生徒が、三人が近づいてきたのを見てぱっと顔を輝かせる


「フェリクス殿下、セルヴェール嬢、スウィート嬢、お待ちしておりました。イザベラ様とシュタインハルト嬢がお待ちです」

「やあ、ラツバイト、昨日は素晴らしい心配りをありがとう」

「覚えて下さったんですか! 光栄です殿下!!!」


 感激した案内係は三人を待機列をとばして入場させようとしたが、フェリクスはそれを断り、きちんと待機列に並んだ。リリアンは退場口から出てくる来訪客を見て、中身はなんだろうと首を傾げる。皆、昨日グレースが持っていたのと同じ封筒を大切そうに持ち、興奮さめやらぬ様子で連れ合いと盛り上がっている。


「そういえば、明日はいよいよファッションショーだね。二人とも、準備と心構えはどうだい」

「……バッチリです」


 ずっと素っ気なかったリリアンが、アンジェをちらりと見上げてニヤリと笑う。


「変身した私でアンジェ様をびっくりさせてやります。殿下もびっくりしてくださいね」

「そうか、それは楽しみにしているよ。アンジェはどうだい」

「わたくしは急な参加なので、和を乱さないように心がけるばかりですわ」

「そうか、気負わず君らしくいるといい。ああ、楽しみで仕方ないよ」


 ニコニコしているフェリクスは、単なる服飾部の発表だと思っているようだ──イザベラのシークレットランジェリーブランド、レーヴ・ダンジュの新作発表会でもあることは、服飾部の関係者以外には一切知らされていない。そうでなければうら若き少女たちの下着姿を晒すなど、破廉恥が過ぎると反対されるに決まっているのだ。


「殿下がアンジェ様に見とれるのは分かってます。でも私がアンジェ様に見劣りしないくらい変われたかどうか見ててくださいね? 公平に裁定してくださいよ?」

「あはは、大丈夫だよリリアンくん、君は君のままで十分素敵な淑女だよ」

「そういう慰めはやめて下さいっ」

「慰め? 何の話だい?」

「あーあーあー知りませんっ」


 きょとんとしたフェリクスを見上げてリリアンはムカデを見せられたかのような顔をし、アンジェにぼふりと抱き着いて完璧二つに顔を埋めたのだった。


 やがて三人の順番が来た。入口の緞帳が開かれて恭しく案内されると、室内は思いの外がらんとしていた。窓はすべてカーテンで覆われ、クラスルームの壁の他にも仮設の壁がたくさんしつらえられている。そこには額装された絵画が魔法ランプに照らされ、何枚も何枚も展示されていた。


「うわあ……これ……、全部、肖像画ですか?」


 リリアンが口をぽかんと開けながら絵画に見入る。絵画には全て人物が描かれていて、ポーズをとったり、こちらに微笑みかけたりしていた。フェアウェルローズの制服を着ているので天秤(ヴァーゲ)クラスの生徒だろうか。


「えっ……こんなにたくさん……? 準備期間だけで……?」

「素晴らしいでしょう、リリィちゃん」


 絵画と言えば画家が絵筆で描くことが、この時代では当たり前だった。一枚当たり少なくとも一か月以上は要し、王族を描くような全身絵なら半年、あるいは一年以上かかることも珍しくはない。だがここには、最近製作されたと思しき絵画が三十枚以上展示されている。


「えっ、どういうことですか、クラスの人が一人一枚書いたんですか、こんなに上手に」

「素晴らしいだろう、リリアンくん。これこそ全人類と僕が待ち望んでいた、革命的な発明だよ」


 フェリクスはニコニコと微笑みながら展示物に視線を送る。彼の目線の先には、従妹の王女イザベラが微笑んでいる肖像画が何枚も掲げられていた。王宮の肖像画のように澄ましているのもあれば、ふわりと柔らかな微笑のもの、読書に耽る様子など、様々な表情の彼女が並んでいる。


「イザベラと、天秤(ヴァーゲ)クラスは……現実をそのまま写し取る魔法を発明したんだよ」

「えっ……!?」


 リリアンが驚いて息を呑む。三人の目線の先には、ひときわ大きなキャンパスに描かれたイザベラ──その横で男装したルナが、眼鏡をかけたまま完膚なき男性の微笑みを浮かべ、王女に寄り添っている絵画が掲げられている。


「こ、これを、魔法で……!?」

「そう。しかも、ほんの数分で仕上がるというのだから、実に素晴らしいんだ」

「す、すごい……それじゃ、画家のお仕事がなくなっちゃいませんか!?」

「そうだね、改革には古いものが淘汰されていくという側面もある、彼らとうまく棲み分けが出来ると良いのだけれど。事業にするならそこが課題だな」


 イザベラとルナの肖像画の周りには、二人の絵画が何枚も掲げられていた。クラスメイトがどこかぎこちなく、肖像画に準じたポーズをしているのに対し、ルナとイザベラは自然な表情とポージングだ。二人が寄り添う、向かい合って見つめ合う、イザベラの手にルナが口づける──かつて安藤祥子が夢中になり奇声を挙げながら写真を撮りまくった、メロディアとユウトそのものだった。


「これ、ルネティオット様ですよね?」

「ええ、そうよ」


 ルナ一人での絵画も、大きさは小さいが何枚か飾られていた。流し目。立て膝。髪をかき上げて。薄く微笑んで。表情の一つ一つが、メロディアや凛子と一緒になって見ていた雑誌のグラビアを思い出させる。ユウトはもっと背が高く骨格もしっかりしていて、メロディアは指先が骨ばっているのが、喉仏から鎖骨にかけてが好きだと言っていた。ルナは喉仏はないし顔の輪郭は少女らしく卵型だが、ユウトはやや面長で、流し目をすると艶やかな色気を含む。ルナのグレーの瞳も、眼鏡の向こうでアンジェの記憶の通りの艶やかさを宿していた。アンジェは懐かしい表情に胸が、目頭が熱くなる。


(ユウトさんそのものだわ……)

(なんて綺麗なの……ルナのくせに……)


 アンジェの心のうちの呟きに絵の中のルナが何か言い返してきそうに思えるほど、写実的な絵画だった。細部まで気を遣ってポージングしたであろうルナの目線や手の置き方、重心、自然体に見える空気感、そんなものまでもこの中に閉じ込められているような気がする。


(イザベラ様も、メロディアさん、いえ、それ以上に美しくて……)


 二人が踊るようなポーズの絵画では、ルナの眼差しはユウトがメロディアを見つめる時そのものだった。柔らかく、熱を含んで、包容にも憧憬にも思える視線。彼の手の中で心を許したメロディアがとても輝いているように見えて、祥子はずっと羨ましがっていた。


(ユウトさんと……同じ眼差しをしているじゃない、ルナ……)

(イザベラ様も……)

(ユウトさんとメロディアさんのまま、ルナとイザベラ様ではいけないの……?)


 ルナに手を取られた絵画の中のイザベラは美しく気品と慈愛に溢れているように見える。だからこそ、彼女の本心がそこにあるかどうかは分からない。けれどそうして王女然として振舞うことを、イザベラ自身は何よりも重んじていた。それはメロディアとは、似ているようで何か違うように見えた。


(ユウトさんはお仕事の時は眼鏡を外していたけれど、ルナは外さないのね……)

(……それも……アシュフォード先生をお慕いする、イザベラ様のためなの……?)

(ルナ……ユウトさん……そんなに……)


「ルネティオットの絵は、なんというか……不思議と生き生きとして見えるね」

「はい……それに本当に男の人みたいです」

「そうだね。先日のふざけた衣装よりよほど彼女に似合っているように見える」

「あれっ殿下がルネティオット様のこと褒めてる」

「僕は誰であろうと褒めるべき時には褒めるよ」

「ふふっそうなんですね、ふふふふ」


 物思いに耽っていくアンジェの横では、リリアンが目をまんまるくして一枚一枚の絵画を覗き込んでしきりに感心し、フェリクスがそれに相槌を打っている。セレネス・シャイアンの午後の不機嫌は驚きに吹き飛ばされたらしい。


「アンジェ様は、出展がこういうものだってご存知だったんですね?」

「ええ、ルナがモデルになると聞いていたの。でも実物を見たのは今日が初めてでしてよ」

「そうとも、リリアンくん」


 何故かフェリクスが誇らしげに頷く。


「この技術はシャシンというらしいが、この出展の素晴らしいところはそこではないんだ……さあ、奥に進もう、アンジェ、リリアンくん、僕の素晴らしい乙女たち」



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