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34-6 色褪せない記憶 君が幼馴染との先約を反故にするような輩だと知ったらアンジェはどう思うかな


 フェリクスはアンジェを抱えたままローゼン・フェストを回りかねない勢いだったが、再三の上申ともう一度の「フェリ様」でようやっと落ち着き、いつものエスコートの形に戻った。


「送り迎え以外でこうして二人で歩くのは久しぶりだね、アンジェ」

「ええ……」


 アンジェは昨夜の騒動と今朝の噂、そしてリリアンの態度に思考を占用されて半ば上の空だった。上機嫌なフェリクスに連れられてエリオットの双子(ツヴィリンゲ)クラスを訪れる。いわゆるお化け屋敷の出し物のようで、クラスルームの窓という窓に暗幕が張り巡らされ、出入口は血糊や蜘蛛の巣やらおどろおどろしい装飾にまみれ、入口で入場料を集める生徒もそれぞれ化け物の格好に扮していた。中からは老若男女問わず多様性に富んだ悲鳴が聞こえてきており、待機列も長く、かなり人気があるようだった。狼人間に扮した女生徒が待機列の整理誘導をしていたが、フェリクスとアンジェが列に並んでいるのを見つけると、ギャッと悲鳴を上げて慌ただしくクラスルーム内へと駆けていった。ほどなくして古めかしいマントを纏ったエリオットが飛び出してきて、二人の許に駆け寄る。


「やあ、エリオットくん、素晴らしい意匠のブースだね」

「殿下! セルヴェール様! ありがとうございます!」


 ニカッと嬉しそうに笑った少年の口許からは禍々しい牙がにょきりと生えている。顔も白粉を塗り病的なまでに青ざめた様子が、表情とあまりにもミスマッチでアンジェは思わず吹き出してしまった。


「うふふ、ごめんなさい、アンダーソンさんのそれは吸血鬼かしら?」

「正解っス! 見て下さいこれ!」


 エリオットはニヤリと笑い、両手を顔のあたりに掲げてみせる。白塗りの指先は赤く尖ったつけ爪がついており、今にも彼自身の掌に突き刺さりそうだ。


「まあ、本格的ですこと!」

「すごいな、その爪は誰かがつけてくれるのかい?」

「はい、衣装係にやってもらうんス」

「素晴らしい取り組みだね、皆で工夫したのが手に取るように分かるよ」

「ありがとうございます! 他の面子の衣装も凝ってるんで、楽しんで下さいね!」


 エリオットはぺこりとお辞儀をすると入口の方に戻っていった。扉横の集金係の肩を小突き小突かれ、楽しそうに笑っている様子は全く持って吸血鬼の雰囲気に合っていない。エリオットはもう一度アンジェ達の方を見て、笑いながら頭を下げると、ドアを開けてルーム内へと入っていった。


「……クラスメイトと仲のよろしいこと」

「そうだね」


 二人は互いに顔を見合わせて、にこりと微笑み合う。


「リリアンくんもよく懐いているようだし。人を惹きつけるのは大いなる才能だよ」

「そうですわね……けれどリリィちゃんはアンダーソンさんに甘えすぎですわ、わたくしへの当てつけで彼の予定も聞かずにデートだなんて……怒るならわたくしに怒ればよいでしょうに」

「ふふ、ヤキモチだね、アンジェ」

「ええそうですわ、ヤキモチですのよ、わたくしモヤモヤしておりますの」


 アンジェはリリアンを真似するつもりで、僅かばかり唇を尖らせて半眼になる。傍らのフェリクスはフフッと笑いを漏らすと、愛し気に目を細めてそっとアンジェの頬を撫でた。


「ああ、アンジェ……ヤキモチを焼いている君も何と愛くるしいのだろう。君の中にはあと何人、僕が見たことのない可愛いアンジェが隠れているんだい? 一つ一つ取り出して、名前を付けて並べてたいものだね」

「まあ、おかしなことを仰いますこと、フェリクス様」

「本当だよ、アンジェ」


 アンジェはさりげなく自分の頬に触れる王子の手をどかすが、フェリクスの手は瞬く間にそこに戻ってきた。


「僕は君がリリアンくんと想いを通じ合わせてからというもの、たくさんの新しい君を発見しているんだ。僕が知らなかった君も、そんな君を引き出してくれたリリアンくんも、二人ともかけがえのない大切な存在なんだよ」

「またそういうことを仰る……けれど、知らなかった表情を見ると嬉しいというお気持ちはわたくしにも分かりますわ」

「だろう?」

「ええ、今朝がたのフェリクス様が、あのように可愛らしいお顔をなさるのをアンジェは初めて拝見しましたわ」

「可愛い? 僕が?」

 

 驚いたフェリクスを見上げ、アンジェはにんまりと笑ってみせる。


「ええ、まるで小さな小鳥が手のひらの中で戸惑っているかのようでしたわ」

「ええ……それは、少し、恥ずかしいな」

「ほら、また。もっと見せて下さいまし」

「あはは、アンジェには敵わないな」

「リリィちゃんも、いつもいろいろなお顔をなさいますのよ、それがとても可愛らしいの。先日なんか本当にリスのように目をくりくりさせて……」


 アンジェがリリアンの可愛さについて夢中になって話しているうちに、あっという間に二人の順番になった。フェリクスは二人分の入場料を払いたがったがアンジェは丁重に断り自分で払う。扉の内側にいた案内係が二人に小さなランプを手渡す。扉を閉め、二重になった緞帳をくぐると、手許のランプ以外はほぼ光のない暗闇だ。


「アンジェ、大丈夫だよ。怖かったら僕に捕まっておいで」

「はい、フェリクス様」


 頷きながらアンジェは乙女ゲーム「セレネ・フェアウェル」の文化祭イベントを思い出す。ゲームにもお化け屋敷があり、主人公(リリアン)は攻略中の対象と入場することが出来る。攻略対象によって怖がりの度合いが違い、攻略対象(フェリクス)は余裕綽々のリード、別攻略対象(クラウス)は気丈にふるまいつつも最後に大きな声を出してしまう、年下攻略対象(エリオット)主人公(リリアン)と共に大騒ぎしながら逃げ出す、とキャラクターの個性が出ていた。祥子はほとんど攻略対象(フェリクス)とばかりイベントをこなしていたし、彼女自身はお化け屋敷では硬直して声が出なくなるタイプだった。アンジェ自身も怖いものは苦手なのだが、今までお化け屋敷と言えばフェリクスと入るばかりだったので、出来るだけ可愛らしい声を出しつつ彼にしがみついてばかりだった。


(まあ……もう、無理に可愛くしなくてもいいのよね……)

(リリィちゃんとならともかく……)

(でも……怖いものは怖いわ……)


「通路はこちらかな。アンジェ、おいで」

「はい……きゃっ!」


 ぐしゃっ!


「ぐえっ!」

「何か足に当たりましたわ!」

「大丈夫、あちらの方が薄らと明るいね……行ってみよう」

「フェリクス様……なにか聞こえませんこと? 人の呻くような……」

「うう……うおおお……」

「きゃーっ何っ!?」


 ばしん!


「うぎゃっ!?」

「きゃーっ! きゃーっ!」


 ……公爵令嬢アンジェリークはお化けが出るたびに力いっぱい叩く殴る蹴るなどしてしまい、アンジェとフェリクスが通った後はそこかしこで呻き声やすすり泣きが聞こえていた。終盤で登場したエリオットは先ほどとは打って変わって恐ろしげな表情で二人に襲い掛かり、アンジェは相手がエリオットと気が付く前にストレートパンチを繰り出してしまった。さすがにエリオットは避けたが、爆笑しながら二人を出口へと導く。緞帳をくぐると光がたくさん差し込んできて、もとのアカデミーの廊下に一同はまろび出た。


「せっ……セルヴェール様、反応やばいっス……くく……!」

「あはははは、アンジェ、君は本当に反射が早くて的確だね」

「ごめんなさい、ごめんなさい、わたくしったら……!」


 男二人は腹を抱えて笑い、我に返ったアンジェは顔を真っ赤にして狼狽える。


「お化けの扮装も動きもとても素晴らしかったの、素晴らしかったのですわ、だからわたくし本当に恐ろしくて……!」

「だ……ダッシュ使ってないのに……パンチめっちゃ早かったっスよ……!」

「剣を習ってからアンジェの才能が花開いたのだね、でも少しばかり過剰だったのではないかな」

「ええ、本当、皆様に申し訳ないですわ……! あの、本当に……!」

「大丈夫っすよ、暴れる人って割といるんス……リコこれ見たかっただろうなあ、ぷくく……」

「お願いリリィちゃんには言わないで、わたくしリリィちゃんとご一緒ならこんな風にはなりませんことよ、ちゃんともっと気を付けて……」

「おや、僕には素が出てしまうくらい気を許してくれていたのかな。これはリリアンくんに一点勝ちだな」

「何ですのその一点というのは」

「ふふふ、これはリリアンくんと僕の取り決めでね」

「私がどうかしましたか?」


 アンジェの後ろから、鈴のような、だが冷めた声音が聞こえてきてアンジェはばっと振り向いた。


「リリィちゃん!」

「……ご機嫌よう、殿下、アンジェ様」


 リリアンは後ろ手を組んで淡々と挨拶すると、アンジェをちらりと見ただけで通り過ぎる。ニコニコしているフェリクスも黙礼して通り過ぎると、吸血鬼の扮装で壁に手をついて笑っているエリオットの前までやって来た。


「リオ。来たよ」

「……おう、リコ……」

「カッコいいね、吸血鬼」

「おう……」


 エリオットはのろのろと顔を上げて幼馴染の顔を見る。


「今な、丁度殿下とセルヴェール様が入ってな……セルヴェール様めっちゃやばくてな……」

「へえー?」


 リリアンはちらりとアンジェの方を見る。今朝のように睨むような目線ではないが、それでも日頃とはかけ離れた冷ややかな目線だ。


「アンジェ様、もう入っちゃったんですね、お化け屋敷」

「え、ええ」

「いいなあー。私もアンジェ様と入りたかったなあー」


 わざとらしい言い方をしながら、今度はちらりとフェリクスの方を見上げる。笑っていたフェリクスはリリアンをまじまじと見返したが、すぐににこりと笑うと、アンジェの肩をぽんと叩いた。


「いいとも。僕はここで待っているから、アンジェと楽しんでくるといい、リリアンくん」

「ほんとですか! やったあ!」


 リリアンはぱっと顔を輝かせると、ばふりとアンジェに抱き着いた。


「アンジェ様もう一回行きましょ! 殿下とおんなじにして下さいね!」

「えっ一度見てしまったから同じに出来るかどうかは」

「ほらこっち!」


 ……エリオットが持ち場に戻り、順番待ちをして入った二回目のお化け屋敷でもアンジェはしっかり怯え恐怖し本能の赴くままにお化け共にカウンターを食らわせた。お化け屋敷からは「えっまたセルヴェール様!?」「ふぎゃあ!」「ひぃぃ!」「きゃあ、リリィちゃんっ、嫌よ離さないで!」「いたっ!」「逃げろ!」と、先ほどまでとは趣が異なる阿鼻叫喚となり、出口からは上機嫌極まりないリリアンと彼女にしがみついて泣いているアンジェとが出てきた。


「アンジェ、お帰り、楽しめたかい」

「あの……本当に……皆さんになんとお詫び申し上げたら……」

「アンジェ様可愛かったですぅ」


 リリアンはニコニコと上機嫌だ。


「リリィちゃん……どうして貴女は怖くないの……? 貴女もこういうのが苦手だとばかり……」

「本物の魔物とか、お化けは怖いんですけど。お化け屋敷だと、暗闇でも魔力が見えるから、どこからお化け役の人が出てくるのかとか、全部分かっちゃうんです」


 フェリクスが声をかけるがアンジェは顔を上げることが出来ない。リリアンがアンジェの赤い髪をよしよしと撫でる横から、笑いっぱなしのエリオットが這いつくばるようにして出口の緞帳から出て来る。


「せ……セルヴェール様……強えけど可愛い……」

「違うんですのよ……急に飛び出してくるのに驚いてしまうんですの……お化けが怖いのではないんですのよ……」

「当然でしょ、私のアンジェ様なんだから」


 リリアンは何故か得意げにニコニコしていたが、フェリクスの前までやって来る。自分にしがみついたままのアンジェの手を外させ、フェリクスに向かってエスコートを求めるように差し出させる。少女の一挙一動を観察していたフェリクスは、尊大な表情で微笑んで見せた。


「おや、いいのかい、リリアンくん」

「先約がありますから」

「いい心がけだ。紳士淑女たるもの、約束を反故にしてはいけないのだからね」

「絶対、絶対、抜け駆けしないでくださいね」


 フェリクスがアンジェの手を取る、アンジェは彼のもとに引き寄せられて何とか立つ。リリアンはそれでもしばらくアンジェの手に触れたままだったが、やがて名残惜し気にその手を離した。並んだ姿のフェリクスとアンジェを見上げると、プイと視線を逸らして深々とため息をつく。


「じゃあリオ、私待ってるから」

「リコ、俺別にお前あっち行ってもいいぞ」


 エリオットが笑う顔を手で押さえつつ言ったが、リリアンは仏頂面で首を振った。


「いいから! あとどれくらい!?」

「もうすぐ交代だけど、ほんとにいいぞ?」

「じゃあそれまでいる! ていうか私もお化けやる!」

「ハァ!? お前、クラス違うだろうが!」

「いーいーかーらー!」


 リリアンはエリオットを出口の緞帳の方へぐいぐいと押し込み、自分もその中に入った。かと思うと緞帳から一度だけリリアンが顔を出し、成り行きを見守っていたアンジェとフェリクスを見上げる。


「殿下、お昼までですからね!?」


 そのままひょいと首が引っ込む。


「……リリィちゃん、まだ怒っているの……?」

「どうだろうね」


 悲しげな声を出したアンジェに、フェリクスはクスクス笑いながらアンジェの背を優しく叩く。


「さあ、昼食までもう少し二人の時間を楽しもう、アンジェ」

「え、ええ……」

「次は委員会の方に行ってみようか。兄上が……」


 アンジェは釈然とせず首を傾げたまま、上機嫌なフェリクスに導かれるままにその場を後にしたのだった。




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