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34-1 色褪せない記憶 ルナ様の説教


 劇場入り口の馬車寄せは大変な混雑で、アンジェ達は馬車待合まで直接走り、シュタインハルト家の馬車に乗り込んだ。混乱するシエナとシャイアはシエナのウィンスロー家の馬車に二人で乗ってきたようで、同家御者にアカデミーまで来るよう言いつけて出発する。四人でゆったり座れる作りの馬車なので、六人乗ると座席はぎゅう詰めだった。


「お二人とも、すぐやらないと危ないです。記憶を変える魔法が来るかもしれないです」


 馬車の中でリリアンが二人に洗脳魔法の解除を試みる。かなり難しいらしく、リリアンは顔をしかめながら様々な魔法を試し、最終的に二人の頭がクリームか何かであるかのようにずぼりと手を突っ込んでドジョウのようなぬらぬらと蠢くものを引っ張り出し、それをルナに斬らせた。一同が驚き目を見張る中、ぬらぬらはギィッと断末魔のような音を出し、そのまま虚空に溶けるようにして消えてしまった。


「うへぇー、性格悪そうな魔法……」

「リリィちゃん、こちらお使いになって」


 リリアンは嫌悪感も露わに手を擦り合わせていたが、アンジェがうさぎ刺繍のハンカチを差し出してもぷいと顔を背けて受け取ろうとしなかった。シエナとシャイアは顔面蒼白になり、互いの手を取って震えながら泣き始める。


「あの……本当に、ごめんなさい、アンジェリークさん……わたくし、素晴らしいものだとばかり、すっかり騙されてしまいましたわ……ごめんなさい、シャイア、貴女まで巻き込んで……」

「そんな、謝らないでくださいシエナ様! 私だって自分でいいと思ったから行動したんです……」


 泣きじゃくる二人の横でリリアンが予備の白いリボンに何か魔法をかける。互いを支えるような二人の手をかいくぐるようにしてそれぞれの胸元につける。もともと二人は白リボンをつけてはいたが、二つ並んだそれをばつが悪そうに見つめた。


「今日の夜は、できれば寝間着をリボンをつけてお休みしてください。……でないと、また魔法にかかってしまうかもしれないです」

「まあ、それは、離れたところから魔法の影響が出るということ、リリィちゃん?」


 胸中穏やかではないアンジェが必死にリリアンに話しかけると、リリアンはじろりとアンジェを睨み、それからまたあからさまに顔を背ける。


「……そうです。お二人とも、いつもは何か、お土産のようなものを貰ったりしていませんか? 講演会が何回もあったとしても、あの場だけでかけた魔法とは思えなくて……」

「お土産……ええ、ありましたわ、お土産」


 シエナとシャイアは顔を見合わせて頷き合う。


「可愛らしい焼き菓子のお土産ですの。たくさん学ぶと頭が疲れるから、甘いもので補おうって……」

「小さい包みに入っていて、とても美味しいんですのよ。リリアンさんの焼き菓子のようでしたわ」

「それ、包みだけでも残ってますか?」

「ありますわ、自宅に残してあります」

「それ、明日、見せていただいていいですか?」

「勿論ですわ」


 リリアンは淡々と青チーム二人とやりとりする。アンジェは身を乗り出すようにして会話に聞き入り、誰かが話す度にリリアンに話しかけようとしたが、口を開く前にリリアンにぎろりと睨まれて怯んでしまう。対面で一部始終を眺めていたルナがぶぶっと盛大に吹き出し、グレースの肩をばしばしと叩きながら笑いの波を堪える。


「お前ら、ニャンニャンするのは見送りの時にでもしろ。これからルナ様がありがたーい金と友情の話をしてやるから心して聞けよ」

「え、ええ、そうね」

「…………」

「いいか、あいつらがやってたのは詐欺の手口だ。金が倍になって戻ってくるなんて真っ赤な嘘だ……」


 ルナによるネットワークビジネスの実態とリスクの説明は実に的を得ていた。お金が倍になって戻ってくるわけがない。最初に少額のバックをして真実味を持たせ、多額の出資を引き出す。子会員、孫会員を勧誘すればバックが増えるが、彼らが言うような大富豪になるには、途方もない数の勧誘をしなければならない。その勧誘した友人が更に大富豪を目指せば、さらに多くの知人を……。ルナが詳しい理由をアンジェがさりげなく聞くと、モデルの業界というのはそうした手口が横行することが多く、自衛するうちに知識も身についたとのことだった。友情が破壊され、手に入らない出資金のバックを夢見るばかりの孤独な末路。ルナの話はいやに真実味を帯びていてにグレースは震え上がり、不機嫌だったはずのリリアンも呆然とし、身に覚えがあるアンジェは若干気まずく、シエナとシャイアは青ざめつつも互いの顔を見合わせた。


「あの……先生たちは、お金が増えることよりも、出資が大きければ新世界で重要な役割になることだろう、というのをよく仰っていました」

「重要な役割、ねえ」


 シャイアの言葉にルナとアンジェは顔を見合わせる。


「お二人とも、たとえば出資額に応じて特別な茶会に参加できるだとか、そんなことをお聞きになっていませんでしたこと?」

「……仰っておりましたわ!」

「チューターの方に、まずは選抜会への参加を目指そうと指導されていましたの!」

「……きっとそこで、新政権での要職の確約だのを取り交わしているのでしょうね……」

「まあ……本当に……どうしてわたくしはそんなものに……」

「シエナ様、私も……」

「なんだ、詳しいな、赤ちゃん(べべ)

「身に覚えがあるんですの……」


 アンジェの言葉にシエナとシャイアはますます震え上がり、説明役を取られたルナがニヤニヤ笑いながらアンジェを小突き、アンジェは手で顔を覆ってげんなりとため息をついた。グレースは一同を見比べた後、アンジェの隣で膝の上で拳を握り締めているリリアンをちらりと見る。リリアンはグレースの視線に気が付くとくしゃりと顔を歪めそうになったが、唇を噛んで耐えた。


「いいな。お前ら全員、金儲けや詐欺の手口に関しちゃ完全にド素人だ。ウマそうな儲け話があったら、まずこのルナ様に相談するんだぞ」

「そういたしますわ、ありがとう、ルネティオットさん」

「本当にありがとうございました、シュタインハルト様」

「世の中はいろんな悪いことがあるんですねえ……」

「……気を付けます」


 シエナ、シャイア、グレース、リリアンがしみじみと頷く中、何も言わないアンジェをルナは肘で小突いた。


「おい、お前もだぞ、赤ちゃん(べべ)・アンジェ」

「今生は大丈夫だと思いたいわ……」


 アンジェは頭痛がする気がしてこめかみのあたりを押さえ、爆笑するルナにばんばん背中を叩かれる羽目になった。


 ルナの詐欺対策講義の終了後、アンジェは必死にリリアンに弁明したが可愛い恋人の機嫌は全く持って動かなかった。隣に座っているというのに終始むくれて口数少なく、ルナがからかっても睨み返し、グレースがおずおずと声をかけてもしかめ面で首を振る。アンジェとリリアンが恋人であることくらいしか知らないシエナとシャイアは首を傾げるばかりだ。そうこうしているうちに馬車はアカデミーに着き、リリアンはノーブルローズ寮に、アンジェ達は各自の馬車で帰宅する途となった。アンジェはリリアンを寮の玄関まで送り、その間もずっと弁明しつづけたが、リリアンは刺すような目線でアンジェを見上げるだけで手をつなぐことすら拒否した。


「リリィちゃん、貴女の優しさに甘えてばかりで、本当に自分が情けなくてよ。さぞかし嫌なお気持ちになったことでしょう」

「そうですね」

「わたくしが心からお慕いしていて、心から愛しているのは貴女お一人……後生ですわ、それだけは信じてちょうだい、リリィちゃん」

「そうですね」


 アンジェが何を言っても同じ相槌しか返ってこず、それがますますアンジェを饒舌早口にする。ノーブルローズ寮までの僅かな道のりはあっという間に終わってしまい、寮入口の柵の前で二人は立ち止まる。リリアンは唇を尖らせ、不機嫌極まりなくじろりとアンジェを睨み上げた。


「送っていただいてありがとうございました、アンジェ様」

「リリィちゃん……」

「私、怒ってますけど、怒ってるのは私の問題なので。お休みなさい」


 言うが早いかリリアンは踵を返して入口の柵を開け、肩をいからせて石段を踏み鳴らしながら帰寮してしまった。


「……お休みなさい、わたくしの可愛いリリィちゃん」


 アンジェは独り言となってしまった挨拶を呟き、閉ざされた玄関扉をじっと見つめる。いつものようにリリアンがニコニコと顔を出してくれるのではないか、そんな期待がしぼむまで数分もかからなかった。日が暮れてだいぶ経ち、春目前と言えど夜の空気は冷える。アンジェは自分の肩を抱きながらアカデミー正門へと戻っていったのだった。




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