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33-9 共に過ごした日々 継承されるもの

 六時半、下校時刻よりはやや早いその時間に、アンジェは自クラスとお菓子クラブの今日の片づけをきっちりと済ませてから身支度を終えてルナを待った。アンジェにこんこんと説教されて大いに泣いたリリアンは、目の腫れこそアンジェの魔法で治っているが、まだくすんくすんと子供のようにしゃくり上げながらアンジェにぴったりとくっついていた。


「おう、間に合ったか」


 約束の時刻ぎりぎりにルナとグレースが現れ、二人の様子を見てニヤニヤと笑う。ルナはグレースと話す合間に、剣術部のコスプレから普通の制服に着替えたようだった。


「ええ……行かないわけにはいきませんわ」

「子リスはもう少し駄々をこねると思ったんだがな」

「あら、リリィちゃんは聞き分けがよろしかったわ? うちの弟の方がよほど聞かん坊でしてよ」

「あ、アンジェ様ぁ……」


 アンジェがクスクスと笑うと、リリアンは水たまりに落ちた猫のような顔をしてアンジェにぎゅっとしがみついてぷるぷると震える。アンジェとしては弟を叱る時と同じように言い聞かせただけなのだが、アンジェにそのように接されたリリアンには相当堪えたらしい。


「それで……グレースさんもいらっしゃるんですの?」

「……ああ。乗りかかった船だって聞かなくてな」


 アンジェがリリアンのみつあみがかかる背を撫でてやりながらルナの隣のグレースを見ると、ルナはやれやれと肩をすくめ、グレースがこくこくと頷いて見せる。グレースも目がまだ腫れていたが、その表情はどこか晴れやかで、アンジェは思わずまじまじとその顔を眺めてしまった。グレースはその視線に気が付くと、頬を赤らめてうつむく。


「あ、あの……いろんなこと、誰にも言いませんし、お邪魔にならないようにしますから……」

「時間がない、話すなら馬車の中でやってくれ。うちの馬車にみんなまとめて乗るぞ」


 グレースに応えようとしたアンジェをルナが遮り、急いだ様子でシュタインハルト家の馬車の方へと歩いていく。アンジェはグレースとリリアンを交互に見る。二人はそれぞれアンジェを見返して、同じ一年の相手を見ると、ふふふ、とどこか悪戯っぽく笑って見せた。


「とうとうここまで来たね、リリアンさん」

「さっきのグレースさん、カッコよかった!」

「そんな……そうかなあ」

「そうだよ!」

「早くしろ、置いてくぞ!」


 ルナが馬車の扉をあけながらこちらを振り仰いで怒鳴っている。はあい、とグレースが返事をして馬車の方へかけていき、リリアンはずっとしがみついていたアンジェの腕を引っ張り、にこりと笑った。


「行きましょう、アンジェ様!」

「ええ……リリィちゃん、急に元気になったわね」

「えへへ、グレースさんのことが心配だったんです。ルネティオット様に怒られてないかなって」


 歩き出しながらリリアンは上機嫌にアンジェの腕にほおをすり寄せる。


「アンジェ様とルネティオット様、いっつも私たちの前で分からないお話をなさるじゃないですか。いつもグレースさんと二人で、何の話だろうって推理してたんですよ?」

「まあ……」

「それで、仲良くなって……ルネティオット様への気持ちも教えてくれて。私のことも、いっぱい励ましてくれました。いつかお二人の秘密を暴いてやろうって頑張ってたので、今日は目標が一つ叶っちゃいました」

「秘密って……リリィちゃんは大体ご存知でしょう?」

「でも、ルネティオット様も予知夢を見てるとかは教えて下さらなかったじゃないですかぁ」

「まあ……そうですけれど……」


 ルナとグレースはすでに馬車に乗り込んでいる。アンジェとリリアンも馬車に到着し、アンジェはリリアンの手を取り、踏み台を上るのを助けてやる。続いてアンジェも乗り込もうとすると、リリアンが馬車の中から手を差し出してきた。


「どうぞ、アンジェ様」


 驚いたアンジェを見て、リリアンは得意げに笑っている。


「……ありがとう、リリィちゃん」

「えへへ」


 アンジェは微笑み、リリアンの手を借りて馬車に乗り込む。ルナとグレースは既に座席に並んで座っており、アンジェとリリアンはその対面に二人して腰かけた。御者が入口の扉を閉じ、ルナが行先の指示をし、ほどなくして馬車は走り出した。


「……そう言えば、エイズワースさんの講演会はどこですの?」

「オペリス劇場だよ、南西門の方にあるだろう」


 アンジェが尋ねると、ルナは早速座席のクッションにもたれかかりながら答える。


「ローゼンタール家も大口で出資してるらしい。劇場の定休日を利用してるんだと」

「まあ……劇場で講演会だなんて、風変りですわね」

「だな」


 講演会という字面から、アンジェはどこかの屋敷のサロンか、公民館のようなところで開催されているとばかり思っていた。オペリス劇場は貴族の有志による出資によって設立された民間劇場で、新しい演目や若手の脚本家や役者、演出家を登用する傾向がある。アンジェも家族やフェリクスと何度も観劇したことがあり、きらびやかな舞台芸術や衣装に目を奪われたものだ。


「それで……」


 アンジェは自分の隣のリリアンと、ルナの隣のグレースをちらりと見て、少しばかり躊躇う。


「貴女は、ローゼンタールさんと、どのようなお話をなさいましたの?」

「……大したことは話しちゃいない。業界用語でカマをかけて、名前を確認しただけだ」


 ルナは不機嫌そうに肩をすくめてみせる。


「あいつは俺がいた事務所の弁護士で、朝倉理人(リヒト)。あの頃から食えない奴だったよ」

「そう……その、アサクラさんは、『セレネ・フェアウェル』についてはもともとご存知なんでしたの?」

「それは知らなかったらしい。ユウトから見てもゲームやるようなタイプじゃなかったしな、ましてや乙女ゲームなんて、ゲームの中にそういうジャンルがあることも知らんだろう」

「そんな方でも転生なさるんですのね……」

「どこかから転げ落ちたとか言ってたけどな」


 ルナは皮肉とも呆れともとれる笑みを浮かべ、訝しげな表情のアンジェをちらりと見遣った。


「……前世の記憶があるってよりは、奇怪な異世界のことを夢に見る、と思ってたらしい。ニッポンのことを、王制から離脱した近未来的な法治国家、とか抜かしやがった」

「まあ……」


 アンジェはさらに眉を顰める。安藤祥子としての人生の記憶があると、現代日本が「近未来的な法治国家」かどうかといわれると首を傾げざるを得ない。権力を持たない象徴としての王がいて、国会議員は選挙によって選出される。当たり前のように保障された表面上の平和は、祥子や他の多くの人の関心を政治から遠ざける。選挙は義務ではなく権利だと習っても、自分の一票が政治へとつながる実感はなかなか持つことが出来ない。ルナもアンジェもしかめ面のままそれぞれ黙りこくってしまい、グレースとリリアンは互いの顔を見る。リリアンは首を傾げてしばらく何か考えていたが、やがて遠慮がちにアンジェの服の裾を引っ張った。


「アンジェ様……教えて下さい」

「なあに、リリィちゃん」

「ローゼンタール先生は、悪者だったんですよね? クーデターを計画して、国王陛下や殿下に、悪いことをしようとしてるんですよね?」

「悪者……」


 アンジェが何か言う前に、ルナはやにわにぶふっと吹き出した。


「おう、あいつは国家転覆を企てる極悪人だぞ。私たちはこれからそいつのアジトみたいなもんに飛び込むんだ、子リスも油断するなよ」

「はい。大丈夫です」


 アンジェが見ている先で、リリアンの横顔が少しずつ怒気に染まっていく。


「どうせ、セレネス・シャイアンを利用してやろうと思って、私の弁護士をやるなんて言い出したんですよ。私、思うようになんかなってやりません」

「リリィちゃん……」

「大丈夫です、アンジェ様」


 リリアンは深々とため息をつくと、ぱしんと自分の頬を叩き、それからにこりと笑った。


「あんなソーロー共、やっつけてやりましょう!」

「だっ」

「ばっ」

「ソーロー?」

「ルナ!!!!!!!!!! 貴女のせいよ!!!!!!!!!!!!」


 アンジェが慌て、ルナが噴出し、グレースが首を傾げる。かくしてアンジェは得意満面のリリアンに道理を説いて聞かせ、グレースには適当なことを言って誤魔化して、ルナ相手にこんこんと説教する羽目になったのだった。


 馬車は日が暮れた首都(セレニアスタード)の市街地を、急ぎ足で進んでいた。





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