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32-2 誰某くんの恋人 まるで姉妹のような

 その後、王妃ソフィアと王妹アリアドネはリリアンの指導でクレープ作りを体験した。出来上がったクレープに更にクリームや果物やチョコソースなどを乗せて可愛らしく仕上げると、貴婦人二人して歓声を上げ、皿の上で切り分けてそれぞれの夫にも試食させていた。国王ヴィクトルも王妹配レオンもそれはそれは嬉しそうにニコニコしながら、普段あまり食べないはずの甘味をぺろりと平らげた。お菓子クラブのブースにはちらりほらりと人が訪れ始め、貴賓対応をするアンジェ、リリアン、フェリクス、イザベラ、そして顧問のクラウス以外は一般客の対応を始めた。みな珍しそうにディスプレイされたお菓子を見回し、ショーケースにずらりと並んだお菓子たちを見て歓声を上げている。


「自分の手で何かを作り上げることはとても良いですね。イザベラもクラブでお菓子を作ることがあるのですか?」


 サロンスペース用の東屋本体の席をそのまま貴賓スペースとしたところで、アリアドネがクレープを味わってうっとりと目を細めながら、隣に立つ一人娘に尋ねる。


「ええ、母上、わたくしも手ずからケーキを焼きましたわ。リリアンさん達が道具と材料を用意してくださるし、教え方が丁寧で、とても分かりやすいのよ。彼女の優れた資質の表れだと思いますわ」

「素晴らしいことですね、リリアンさん」

「ぴゃいっ!」


 イザベラによく似た──イザベラをもう少し釣り目にして、もう少し骨格を健康的にしっかりとさせ、背丈を引き上げたらこうなるだろうなという王妹アリアドネに話しかけられ、リリアンは案の定飛び上がった。


「セルヴェール公爵令嬢の誕生祝賀会でいただいたショコラはとても魅力的でした。またいただいてみたいと思っていたのが、今日叶いますね」

「あちらのケーキもいただけるのでしょう?」

「わっあっ、はい、お召し上がりいただけます、ありがとうございますっ!」


 リリアンの素朴ながらも瞳を輝かせた様子に、王妹と、その隣の王妹配レオンは眩しそうに目を細める。レオンは銀髪に紫の瞳の華奢な男で、もとはシュタイナー公爵家の出であった。


「今度晩餐でご一緒する時は、ぜひ貴女のお菓子もいただきたいものですね、レオン」

「そうですね、是非ともいただいてみたい」

「ではイザベラ、そのように」

「はい父上、母上」


 水色のエプロンをしたイザベラは、何事もなく優雅な様子でクスクスと笑う。


「ですがリリアンさんが晩餐においでになる時は、大抵フェリクスくんが無理に王宮(うち)に連れてきた時なんですの。だからその時にお願いしても、母上のご希望が叶うとは限りませんわ」

「なんと。……では、日を指定して、学友として貴女がお招きしなさい」

「ふふ、母上ったら。承知いたしました」

「あ、あ、あの、あり、あり、ありが、がががんば、あの」

「あら、アリアドネ、リリアンさんをお招きしてお菓子を作っていただくの?」


 隣のテーブルで、あろうことか国王ヴィクトルの口許に切り分けたクレープを手ずから運んでいた王妃ソフィアがニコニコと話題に入ってくる。


「いいわねえ、わたくしもそうしようかしら」

「ほほ、義姉上、是非ご一緒に」


 王妃の視線が逸れたので、ヴィクトルは残念なような、安堵したような、そんな表情で王妃の手からフォークを抜き取った。アリアドネとソフィア、義姉妹であり従兄妹でもあり幼馴染としてよく遊んでいた二人は、本物の姉妹のようによく似た相貌で視線を交わし、クスクスと笑い合う。


「嬉しいわ。フェリクスがアンジェちゃんとリリアンさんを招くのっていつも突然なんだもの」


 ソフィアの言葉に悪気のとげはなかったが、隣でカフェエプロンを身に着けて立っていたフェリクスが母上、とやや咎めるような声を出す。


「リリアンくんはとても謙虚で奥ゆかしいので、夕食に招いても遠慮されてしまうのですよ。アンジェだってなかなか来てくれません」

「それはフェリクスがすぐ泊っていけというからではなくて? 女の子の心はおまえが思うよりずっと繊細なのよ」

「はっ母上、決してそのようなことは」

「妃殿下、それはフェリクス様の名誉のためにわたくしも否定させていただきますわ。フェリクス様はわたくしたちを誰よりも慮ってくださる、素晴らしい、お優しい方であらせられます」

「アンジェ……!」


 さすがにアンジェも顔を赤くしつつ口を挟まざるを得ず、フェリクスも何度も頷いている。リリアンが何もなさそうな平然極まりない顔を装いつつ、ちらちらとこちらの顔色を探る視線が千枚通しのようにアンジェをぐさりぐさりと差すようだ。ソフィアは──ソフィアだけでなくアリアドネもイザベラも三人の様子を見比べて目を丸くしたが、すぐにソフィアが手で口許を隠しながらコロコロと笑った。


「もう、二人して慌ててしまって。リリアンさんもお気になさって、みな可愛らしいこと」

「ほんにねえ。兄上、古いしきたりなど気にせずとも良いではありませんか」

「しかしなあ……」

「兄上」

「……いや、うむ、しかし」

「母上、陛下がお困りでしてよ」


 アリアドネもソフィアも若々しく、そこにイザベラも加わるとよく似た三姉妹のように見える。一番小柄で二人と並ぶと幼くも見えるイザベラが、聡明な眼差しで母親を咎めているのを見て、アンジェは胸の奥が痛みに軋む。


「ショーケースのケーキも、日によって違うものを出しますのよ。シュタインハルト嬢のご協力で、ヒノモトのお菓子を出す日もありますの。とても柔らかで、チョコレートとは違う甘みが素敵なの」

「まあ、ヒノモトのお菓子が食べられるのですか?」

「王妹殿下、是非食べてみてください、オモチがとっても美味しいんです!」

「ほう、オモチ」


(イザベラ様……)

(きっと、お心のうちは、とても平静ではいられないはずよ……)


 アンジェが、フェアウェルローズの女生徒が、いやフェアウェル王国中の少女たちが憧れてやまない典雅の化身、王女イザベラ。どんな時も可憐でたおやかで品性があり、可愛らしくもどこか凛とした佇まい。淑女たるものかくあれかし、そのいける手本のような彼女。その前世であるメロディアも、ゴスロリとコスプレを愛し、自分がその世界観に没入していくことを何よりも愛していた。そんなメロディアはユウトを愛し、ユウトもまたメロディアを慈しみ──何よりも尊く眩しいと思っていた二人の関係性を捨ててでも、手に入れたいと思った恋が、破れてしまったのだ。


 アンジェは一歩後ろに退き、お菓子クラブのブース全体を見回す。混雑は昼時とティータイムと見積もっているが、開始直後でももうお菓子クラブ側の席は半数以上埋まっているし、もうすぐ始まるクレープ作り体験の募集チラシには満席の札が掲げられていた。クラウスは顧問として一同から少し離れたところに控えつつ、三原色赤チームのマギーとシャイアが会計のことで質問に来たのに対して何事かを指示している。指示をしつつもお菓子作り体験の準備の様子に気を配り、各テーブルの配膳状況に気を配り、王族一同(ロイヤルファミリー)の様子に気を配り──フェリクスによく似た、ともすれば王子以上に細やかな様子に、彼の出自を感じさせずにはいられなかった。その緑の瞳が部員たちの目を盗むようにして、ひそやかに、だがアンジェには言葉に表せそうにもない感情を伴って王族の方、イザベラと彼女の母と、彼女の義理の叔母にして母の従妹をちらりと見る。彼を横目に注視し続けているアンジェですら、気を付けていなければ見逃してしまいそうな、ほんの僅かな時間だけの眼差しだった。


(……どんな流れて、別れ話をなさるに至ったのか、分からないけれど……)


 先ほど聞いてしまった、愛称を呼ぶ声。

 彼女に呼びかけるときは、もっと優しく、もっと愛しげに囁いたのだろうか?


(まだ、うっかり、呼んでしまうのだもの。先生にもお気持ちはあるはずよ)

(そうでしょう、祥子……?)


 アンジェリークとしての恋愛経験はフェリクスとリリアンしかいないが、安藤祥子にはそれなりに彼氏がいた時期もあった。祥子が付き合うのはいつもろくでもない男ばかりで、別れ話や復縁話もしょっちゅうだった。そんな話を凛子にして、笑われたり呆れられたり、時には励まされたりもしたものだ。


(イザベラ様……)

(アシュフォード先生……)


 イザベラの完璧な微笑みが痛々しいと思えるのは、きっと、フェアウェル王国中で、時分と彼だけだ。


(お二人の、お力になれたら……)


 重ならない視線へのもどかしさを誤魔化そうと、アンジェは唇を引き結んだ。





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