31-8 文化祭《ローゼン・フェスト》開幕のベル①
今年度に創立したお菓子クラブは、当然ローゼン・フェストには初参加となる。少しでもクラブの認知度を上げ、通りすがりの客も来訪しやすい場所はどこか。アンジェは事前にフェリクスに相談し、彼の快諾と推薦書を得たうえでアカデミー側との交渉に挑み、お菓子クラブにとって最高の出展場所──カフェテリア横のサロンスペースを獲得することが出来た。
「さあ、いよいよお客様がいらっしゃいますわ!」
「はい!」
「いよいよですわ!」
「緊張しちゃう!」
お菓子クラブメンバー一同は、男女問わず大変可愛らしい水色のギンガムチェック模様のエプロンと帽子をつけ、それぞれの配置について頼もしくもはしゃいだ様子だ。創業メンバー以外のメンバーは総勢三十名ほど。三原色チームの采配のもと一週間のシフトを組み、各人ゆったりと文化祭を楽しむことが出来る。とはいいつつ、アンジェとリリアンはその知名度から集客に大いに貢献すると考えられ、全日ではなくとも一日に一度はクラブに顔を出してほしいと頼まれ、そのようにシフトが組まれた。
もともとサロンスペースにしつらえられていた東屋が仮設テントによって拡張され、万一雨が降ってもカフェテリアから濡れずにスペースまで行き来が可能だ。来客は魔法ショーケースから好みのケーキやパイ、タルトを選び、お菓子クラブが用意したテーブルもしくはカフェテリアの席に座って、学生気分を楽しみつつケーキを食べられる。カフェテリア側が提供する軽食も勿論利用することが出来る。冬場の枯れた芝生の上はお菓子作りワークショップのための机が並べられ、その上には既に一回目の材料と道具が綺麗に取り揃えられていた。カフェテリア横での出展というのは、カフェテリア側からは食事や休憩を求めてやってくる来賓の対応増援のように受け取られ、お菓子クラブは極めて好意的に受け入れられた。
「すごい……本当に、お店みたい……」
お土産用の焼き菓子と喫食用のケーキを確認しながら、リリアンが紫の瞳を潤ませる。
「あの……コージーヴェイルで、お菓子を出してもらったりもしてましたけど……自分のお菓子だけで、こんなにずらっと並べたの、初めてです」
「そうね、とても素晴らしいことだと思うわ」
「えへへ……」
リリアンは無意識なのか、子供のようにアンジェのエプロンの裾をぎゅっと掴んできた。アンジェは微笑みながらその背中を優しく撫でてやる。日頃は髪を下ろしている令嬢達は、食べ物に髪が触れないよう、ポニーテールに結んだりシニョンにしたりしている。アンジェとリリアンはリリアンが髪形をお揃いにしたいと言い出したので、二人して長いみつあみおさげにしていた。背中を撫でるついでにみつあみもしゅるりと撫でると、リリアンはちらりとアンジェを見上げ、えへへ、と照れくさそうに笑った。
「作ったのは、私じゃなくてクラブの皆さんなんですけどね。でも嬉しいです、みんなとっても上手です」
「ええ、わたくしの知らない間に、みなさんお菓子作りがとても上手になりましたわ。わたくしも早く追いつかないといけませんわね」
「ふふ、アンジェ様は私がお教えしますっ」
「おい、部長に副部長、朝っぱらからイチャつくな」
同じエプロンと帽子でも随分と勇ましい雰囲気のルナが、後ろから二人の肩をポンと叩く。
「ルナ、貴女またそういう無神経な物言いをなさって!」
「ははは、なら人前でイチャつくな、このバカップルども」
振り返ったアンジェは拳を振り上げたが、ニヤニヤしているルナを見るとどうしても笑ってしまった。そのまま適当に拳を下ろすと、構えていたルナの手の上にぽすりと収まった。リリアンもニコニコしながらアンジェの腕にがしりとしがみつく。
「いいんです、アンジェ様、こうやってからかう人は私たちが仲良しなのが羨ましいんです、リオが言ってました」
「ほぉーう、お前も煽るようになったな、まな板子リス?」
「まっ、まなっ!?」
「育てる土台がない奴は哀れだな、なあアンジェ?」
「……どっ……!?」
「……リリィちゃん、貴女はレーヴ・ダンジュで素晴らしく生まれ変わるのでしょう? ルナの戯言など気にせず堂々となさい」
「そっ、そうでした、私もイザベラ様みたいに素敵になるんですからねっ!」
「畏れ多くも姫御前の美の極致とお前の小さな大平原を一緒にするな」
「だっ……だっ……うわああああんアンジェ様ああああやっつけてええええええ」
「……ルナおじさんの性癖など放っておきなさい、わたくしはリリィちゃんが誰よりも好きよ」
「うわあああああん慰めなんていりませええええん」
「こら、三人とも。間もなくお客様が来ますよ、姿勢を正しなさい」
じゃれていた三人を男の声が諫める──貴賓向けの開会セレモニーに出席していたクラウスがようやっとお菓子クラブのスペースに到着し、苦笑いをしながら声をかけたところだった。アンジェに泣きついていたリリアン、それを宥めていたアンジェは慌てて離れ、リリアンの涙をアンジェが急いで拭いてやる。ルナはニヤついていた顔をしかめつつ、無言で居住まいを正す。
「両殿下は予定通り、国王夫妻、王妹夫妻を伴って、初めにお菓子クラブに臨席なさいます。部長の貴方が情けない様子ではお二人の顔に泥を塗りますよ。いつものように、堂々としていなさい」