31-7 文化祭《ローゼン・フェスト》 お守りが護るもの
「……お、お、王子殿下。ならびに、フェアウェルローズ・アカデミーにいる、全てのみなさん」
フェリクスとは対照的な、緊張してうわずり、鈴が転がるような声。
【アカデミーのみなさん全員に……私が祝福を込めたお守りを、渡したいんです】
「お守りを、作りました。みなさんを建国の女神様と王国の守護神様がお守りくださるよう、祝福を、込めました」
【たくさん一気に作れる簡単なやつなので、アンジェ様の宝石や殿下からいただいたブローチみたいにずっと守ってくれるわけではないです。効果は文化祭の間だけで、それに魔物に攻撃されたら、最初の一回か二回で壊れちゃうかもしれません。でも、どこで魔物がお守りに触れたか、私に分かるので……助けに行くだけの時間は稼げると思います】
昨日の貴賓室と同じように、遠慮がちに、だがしっかりとした眼差しで、リリアンは大講堂の一同を見つめて語り掛ける。
「これを……殿下のように、身に着けていてください。ピンでとめるのでも、ポケットに入れておくのでも。魔物は、ふとした心の隙間に、上手に忍び寄ります。けれどお守りを持っていてくだされば、何かあったら、必ず私たちがお助けします」
リリアンの言葉に頷きながら、アンジェは自分の制服のポケットからわざとらしいほど大仰な動作でリボンを取り出し、制服の襟の部分にしっかりと取り付けた。アンジェのリボンもフェリクスのものと同じように、一瞬だけ眩く輝く。周囲の生徒が息を呑み、アンジェの様子を窺っている視線を感じる。ルナとお菓子クラブの面々も今頃同じようにしている筈だ。
【王子殿下。アンジェ様とルネティオット様は……殿下や国王陛下を快く思わない人がいて、その人が何かするのではないかと、心配していらっしゃいます】
【……なんだって?】
【リリィちゃん、それは】
【アンジェ様】
「このリボンは、セルヴェール様のお計らいで、ル・ボン・ドゥ・リューズの素敵なリボンを使わせていただきました。王子殿下と校長先生のお許しを得て、みなさんにお配りすることが出来ます。私たち三人は、みなさんを、アカデミーを守るために手を取り合う一つの仲間です。フェアウェル王国もまた、一つです」
リリアンは制服のポケットのあたりにそっと手を触れる。きっとそこには今日もミミちゃんが隠れているのだろう。
【殿下の仰る通り、私たちは一つにならなくちゃ。それはアカデミーも同じです。アンジェ様は、殿下がご心配なさるから、あれこれお伝えしないのでしょうけど……でも、そうやってアンジェ様が何でもかんでも抱えてたら、アンジェ様が潰れちゃいます、そんなの嫌です】
【リリィちゃん……】
【アンジェ……そうだったのか……僕は何も見えていなかったのだな……】
【フェリクス様……】
【確かに、赤ちゃん・アンジェは何でもかんでも抱え過ぎだ、お人よしがすぎる】
【ルナ……】
「どうか、みなさん……セレニア様復活まで、あと少しだけ待っていてください。この文化祭を、魔物を寄せつけず、楽しいひとときにできたらと思います」
リリアンがぺこりと頭を下げると、フェリクスが立ち上がった。リリアンの頭を上げさせ、その肩をぽんぽんと叩く。
「ありがとう、リリアンくん。素晴らしい演説だった」
「あ、あり、ありがとうごだいまひゅ」
緊張のあまり舌を噛んだリリアンを見たフェリクスはクスクスと笑い、その頭を幼子のようにふわりと撫でた。その様子、涙目のリリアンを気遣う王子の優しさが、講堂にいる一同にも伝わっただろうか? 完璧に振る舞うことのできるフェリクスが人心掌握の狭間に見せる、彼の本当の真心を。かつてアンジェだけに向けられていたその慈愛が、リリアンにも、二人を見守る生徒や教職員にも向けられていること。
(どうか、フェリクス様のお心が)
(伝わりますように……)
アンジェは祈るような気持ちで、威風堂々と前を向いたフェリクスをじっと見上げた。
「話が長くなって済まなかった。ここからは楽しいローゼン・フェストだ、年に一度の楽しい祭典を、僕たちは共に楽しもう!」
わあっ──!!!
誰よりも早く拍手をしようと思っていたアンジェよりも早く、歓声と拍手があちこちから湧き上がった。アンジェは安堵に胸が震え、涙を堪えて精一杯の拍手をする。壇上のリリアンと視線が合うと、頭を撫でられてむくれた様子だった恋人は、得意げに笑って見せる。アンジェも微笑み返し、ぽろりと溢れた涙を拭った。
(良かった……フェリクス様……)
終わらない喝采にフェリクスは手を振って応え、リリアンにもそうするよう促す。驚き焦り、照れながら小さく手を振ると、歓声はより大きくなる。フェリクス様、スウィートさん、殿下、セレネス・シャイアン、王子、リリアン、様々な呼び声に混じって、アンジェリーク、セルヴェールと、アンジェを讃える声も聞こえる。フェリクスはニコニコしながら軽やかにひな壇を飛び降りると、アンジェを至極優雅に壇上にエスコートした。フェリクスに手を引かれて階段を上りながら、アンジェはあたりを見回し──三年生の列の中、イザベラが微笑みながら拍手をしているのを見つけ、安堵に顔を綻ばせた。
「ありがとう、皆、ありがとう!」
拍手と歓声は鳴り止まず、フェリクスはアンジェとリリアンの肩をそれぞれ抱きながらニコニコしている。アンジェは優雅に、リリアンは恥ずかしそうに手を振る度に、あちこちから悲鳴のような歓声が応える。しかしアンジェの目は、冷静に壇上から一同を見下ろす悪役令嬢の青い瞳は、熱狂に紛れて顔をしかめている生徒が数人いるのを見逃さなかった。そしてそれらはやはり、記憶に間違いなければ、エイズワースに傾倒している者たちで、シエナとシャイアも、アンジェと目線が合うと、取り繕うように笑顔を作って見せた。
【これを、みなさんに配れば……ある程度は、怪しい人を炙り出せるはずです】
(……エイズワース……)
リリアンの淡々とした口調が、アンジェの脳裏で何度も繰り返されていた。